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此服装を見よ、片袖シヤツにヅボン、そのうへにレーンコートをひつかけてゐる(すべて関東震災で帰郷する時に友人から貰つた品)、頭には鍔広の麦桿帽、足には地下足袋、まさに英姿サツソウか!
更に此辨当を見よ、飯盒を持つてゆくのだが、それは私の飯釜であり飯櫃であり飯茶碗である。
日中一人、夜は三人(樹明、冬村の二君来庵)。
月を踏んで戻る、今夜もまた樹明君に奢つて貰つた、私は飲み過ぎる、少くとも樹明君の酒を飲み過ぎる。
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古釘をぬいてまはる、妙に寂しい気分、戸棚の奥から女の髪の毛が一束出て来た、何だか嫌な、陰気な感じ、よし、この髪の毛を土に埋めて女人塔[#「女人塔」に傍点]をこしらへてやらう。
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 枝もたわわに柿の実の地へとどき
 彼岸花の赤さがあるだけ
・つかれてもどるに月ばかりの大空
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 九月廿日 小郡町|矢足《ヤアシ》 其中庵。

晴、彼岸入、そして私自身結庵入庵の日。
朝の井戸の水の冷たさを感じた。
自分一人で荷物を運んだ、酒屋の車力を借りて、往復二度半、荷物は大小九個あつた、少いといへば少いが、多いとおもへば多くないこともない、とにかく疲れた、坂の悪路では汗をしぼつた、何といふ弱い肉体だらうと思つた、自分で自分に苦笑を禁じえないやうな場面もあつた。
五時過ぎ、車力を返して残品を持つて戻ると、もう樹明兄がきてゐて、せつせと手伝つてゐる、何といふ深切だらう。
私がこゝに結庵し入庵することが出来たのは、樹明兄のおかげである、私の入庵を喜んでゐるのは、私よりもむしろ彼だ、彼は私に対して純真温厚無比である。
だいぶ更けてから別れた、ぐつすり眠つた、心のやすけさと境のしづけさとが融けあつたのだ。
昭和七年九月廿日其中庵主となる[#「昭和七年九月廿日其中庵主となる」に傍点]、――この事実は大満洲国承認よりも私には重大事実である。



底本:「山頭火全集 第四巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年8月5日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「騷」と「騒」の混在は底本通りにしました。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネ
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