しかに春だ、花曇だと感じた。
行乞相がよくない、よくない筈だ、身心がよくないのだ。
佐世保はさすがに軍港街だ、なか/\賑やかだ、殊に艦隊が凱旋して来たので、街は水兵さんでいつぱい、水兵さん大持てである。
留置郵便落手、緑平老、俊和尚、苦味生君、いつもあたゝかい人々である。
夕食後、市街を観て歩く、食べもの店の多いのと、その安いのに驚く、軍港街の色と音とがそこにもあつた。
一杯ひつかけて寝る、新酒一合六銭、ぬた一皿二銭!

 三月廿三日[#「三月廿三日」に二重傍線] 雨后晴、休養、漫歩、宿は同前。

小降りになつたので、頭に利久[#「久」に「マヽ」の注記]帽、足に地下足袋、尻端折懐手の珍妙な粉[#「粉」に「マヽ」の注記]装で、市内見物に出かける、どこも水兵さんの姿でいつぱいだ、港の風景はおもしろい。
プロレタリヤ・ホールと大書した食堂もあれば、簡易ホテルの看板を出した木賃宿もある、一杯五銭の濁酒があるから、チヨンの間五十銭の人肉もあるだらう!
安煙草はいつも売切れだ、口付は朝日かみのり[#「みのり」に傍点]、刻はさつき[#「さつき」に傍点]以上、バツトは無論ない、チヱリーかホープだ。
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骨《コツ》となつてかへつたかサクラさく(佐世保駅凱旋日)
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塩湯へいつた、よかつた、四銭は安い、昨日の普通湯四銭は高いと思つたが。
佐世保の道路は悪い、どろ/\してゐる(雨後は)、まるで泥海だ、これも港町の一要素かも知れない。
同宿は佐商入学試験を受ける青年二人、タケ(尺八吹)、そして競馬屋さん、この競馬は面白い、玩具の馬を走らせるのである、むろん品物が賭けてある、一銭二銭の馬券で一銭から十銭までの品を渡すのである。

 三月廿四日[#「三月廿四日」に二重傍線] 晴、春風がふく。

九時から三時まで市街行乞、行乞相はわるくなかつたが所得はよくなかつた。
此宿もうるさい、早く平戸から五島へわたらうと思ふ、それにしても旅はさみしいな、行乞もつらいね。
塩湯にゆつくり浸つてから二三杯かたむける、ありがたい。
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・水が濁つて旅人をさびしうする
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近来、気が滅入つてしようがないので、夜はレヴユーを観た。
花はうつくしい、踊り子はうつくしい、あゝいふものを観てゐると煩悩即菩提を感じ[#「感じ」に白三角傍点]る。
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をとことをんなとその影も踊る
サクラがさいてサクラがちつて踊子踊る
[#ここで字下げ終わり]
蛙の踊、鷲の舞、さくら踊などが印象として残つた。

 三月廿五日[#「三月廿五日」に二重傍線] 晴、夜来の雨はどこへやら、いや道路のぬかるみへ!

今日も行乞しなければならない、食べなければならないから、飲まなければならないから、死なないから。……
同宿の活辯の失業人と話しこんでゐるうちにもう十一時近くなつてしまつた、急いで支度をして出かける、行乞相はよかつた、所得もよかつた、三時過ぎ戻つた。
例の塩風呂に浸つてから例の酒店で一杯やる、この店は安い、一合でも二合でも喜んで燗をしてくれる、下物は刺身五銭、天ぷらもも[#「も」に「マヽ」の注記]五銭、ぬた弐銭、湯豆腐弐銭、私のやうなノンベイでも三グワン握つて行くと、即身[#「身」に白三角傍点]成仏が出来る、ギヤアテイ、ギヤアテイ、ボーヂ、ソワカ、などゝ親しい友に書いてやつた。
九州西国第二十七番清岩寺へ拝登した、なか/\よいところである、堂宇をもつと荘厳し[#「厳し」に「マヽ」の注記]たらよからうと口惜しかつた。
夜は万歳大会を観た、どうも此頃どうかしたのかも知れない、見物気分がいやに濃厚になつてゐる、が、とにかく愉快だつた、人間は何も考へないで馬鹿笑ひする必要がある、時々はね。
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・ヒヨコ孵るより売られてしまつた
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿六日[#「三月廿六日」に二重傍線] 晴、いよ/\正真正銘の春だ、宿は同前。

いや/\ながら午前中行乞(そのくせ行乞相はよろしいのだが)、そして留置郵便をうけとる、緑平老からのたよりはしんじつ春のおとづれだつた、うれしくてかなしうなつた。
一風呂浴びて、一杯ひつかけて、そして一服やるのは何ともいへない、まさに現世極楽だ、極楽は東西南北、湯坪にあり、酒樽にあり、煙管にありだ!
空に飛行機、海に船、街は旗と人とでいつぱいだ。
午後は風が出てまた孤独の旅人をさびしがらせた。
季節は歩くによろしく乞ふにものうい頃となつた。
行乞流転に始終なく前後なし、ちゞめれば一歩となり、のばせば八万四千歩となる、万里一条鉄。
方々へハガキをとばせる、とんでゆけ、そしてとんでこい、そのカヘシが、なつかしい友の言葉が、温情かよ。
駅の待合室で偶然、九日を読
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