二重傍線] いよ/\出立、行程六里、守山、岩永屋(三〇・中)
久しぶりに歩いた、行乞した、山は海はやつぱり美しい、いちにち風に吹かれた。
此宿はよい、同宿の牛肉売、皮油売、豆売老人、酒一杯で寝る外なかつた。
二月廿四日[#「二月廿四日」に二重傍線] 廿五日 行程五里、諫早町、藤山屋(三〇・中)
吹雪に吹きまくられて行乞、辛かつたけれど、それはみんな自業自得だ、罪障は償はなければならない、否、償はずにはゐられない。
また冬が来たやうな寒さ、雪(寒《カン》があんまりあたゝかだつた)。
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風ふいて一文もない
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五厘銭まで払つてしまつた、それでも一銭のマイナスだつた。
二月廿六日[#「二月廿六日」に二重傍線] 晴曇定めなくして雪ふる、湯江、桜屋(三〇・上)
だいぶ歩いたが竹崎までは歩けなかつた、一杯飲んだら空、空、空!
九州西国第二十三番の札所和銅寺に拝登、小さい、平凡な寺だけれど何となし親しいものがあつた、たゞ若い奥さんがだらしなくて赤子を泣かせてゐたのは嫌だつた。
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きのふは風けふは雪あすも歩かう
・ふるさとの山なみ見える雪ふる
・さみしい風が歩かせる
・このさみしさや遠山の雪
・山ふかくなり大きい雪がふつてきた
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酢牡蠣で一杯、しんじつうまい酒だつた!
夢の中でさへ私はコセ/\してゐる、ほんたうにコセ/\したくないものだ。
二月廿七日[#「二月廿七日」に二重傍線] 風雪、行程七里、多良(佐賀県)、布袋屋(三〇・中)
キチガイ日和だつた、照つたり降つたり、雪、雨、風。……
第二十二番の竹崎観音(平井坊)へ参拝。
今日はお天気が悪くて道は悪かつたけれど、風景はよかつた、山も海も、そして人も。
此宿はよい、まぐれあたりのよさだつた。
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・こゝに住みたい水をのむ
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二月廿八日[#「二月廿八日」に二重傍線] 晴、曇、雪、風、行程五里、鹿島町、まるや(三〇・中)
毎日シケる、けふも雪中行乞、つらいことはつらいけれど張合があつて、かへつてよろしい。
浜町行乞、悪路日本一といつてはいひすぎるだらうが、めづらしいぬかるみである、店鋪の戸は泥だらけ、通行人も泥だらけになる、地下足袋のゴムがだんぶり泥の中へはまりこむのだからやりきれない。
同時に、此地方は造酒屋の多いことも多い、したがつて酒は安い、我党の土地だ。
いつぞや福岡地方で同宿したことのある妙な男とまた同宿した、私を尊敬してくれるのは有難いけれど、何だ彼だと附き纒はれるのは迷惑だ、彼ぐらい増上慢になれば天下太平、現世極楽だらう。
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四ッ手網さむ/″\と引きあげてある
焼跡のしづかにも雪のふりつもる
・雪の法衣の重うなる(雪中行乞)
雪に祝出征旗押したてた
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生きるとは味ふことだ[#「生きるとは味ふことだ」に傍点]、酒は酒を味ふことによつて酒も生き人も生きる、しみ/″\飯を味ふことが飯をたべることだ、彼女を抱きしめて女が解るといふものだ。
二月廿九日[#「二月廿九日」に二重傍線] けふも雪と風だ、行程一里、廻里、橋口屋(投込五〇・上)
朝、裕徳院稲荷神社へ参拝、九州では宮地神社に次ぐ流行神だらう、鹿島から一里、自動車が間断なく通うてゐる、山を抱いて程よくまとまつた堂宇、石段、商売的雰囲気に包まれてゐるのはやむをえまいが、猿を飼うたり、諸鳥を檻に閉ぢこめてあるのは感心しない、但し放ち飼の鶏は悪くない、十一時から四時まで鹿島町行乞、自他共にいけないと感じこ[#「じこ」に「マヽ」の注記]とも二三あつた。
興教大師御誕生地御誕生院、また黄檗宗支所並明寺などがあつた。
この宿はほんたうによい、何よりもしんせつで、ていねいなのがうれしい、賄もよい、部屋もよい、夜具もよい、――しかも一室一燈一鉢一人だ。
心の友に、――我昔所造諸惑業、皆由無始貪瞋痴、従身口意之生、一切我今皆懺悔、こゝにまた私は懺悔文を書きつけます、雪が――雪のつめたさよりもそのあたゝかさが私を眼醒ましてくれました、私は今、身心を新たにして自他を省察してをります。……
不眠と感傷、その間には密接な関係がある、私は今夜もまた不眠で感傷に陥つた。
三月一日[#「三月一日」に二重傍線]
三月更生、新らしい第一歩を踏みだした。
午前は冬、午後は春、シケもどうやらおさまつたらしい、行程二里、高町、秀津、山口、等、等とよく行乞した、おかげで理髪して三杯いただいた。
同宿六人、同室は猿まはし、おもしろいね。
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・寒い寒い千人むすびをむすぶ(改作)
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此宿は山口屋、二五、中、可もなし、不
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