チヾイワ》で泊るつもりだつたが、宿といふ宿で断られつゞけたので、一杯元気でこゝまで来た、行程五里、小浜町、永喜屋(二五・中)
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千々岩は橘中佐の出生地、海を見遙かす景勝台に銅像が建立されてゐる。
或る店頭で、井上前蔵相が暗殺された新聞記事を読んだ、日本人は激し易くて困る。……
此宿は評判がよくない、朝も晩も塩辛い豆腐汁を食べさせる、しかし夜具は割合に清潔だし(敷布も枕掛も洗濯したばかりのをくれた)、それに、温泉に行けて相客がないのがよい、たつた一人で湯に入つて来て、のんきに読んでゐられる。
こゝの湯は熱くて量も多い、浴びて心地よく、飲んでもうまい、すべて本田家の個人所有である。
海も山も家も、すべてが温泉中心である、雲仙を背景としてゐる、海の青さ、湯烟の白さ。
凍豆腐[#「凍豆腐」に傍点]ばかりを見せつけられる、さすがに雲仙名物だ、外に湯せんべい。

 二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線] 快晴、小浜町行乞、宿は同前。

日本晴、朝湯、行乞四時間、竹輪で三杯。
水の豊富なのはうれしい、そしてうまい、栓をひねつたまゝにしていつも溢れて流れてゐる、そこにもこゝにも。
よい一日よい一夜だつた。

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二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線] けふも日本晴、まるで春、行程五里、海ぞひのうつくしい道だつた、加津佐町、太田屋(三〇・中)
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此町は予想しない場所だつた、町としても風景としてもよい、海岸一帯、岩戸山、等、等。
途中、折々榕樹を見出した、また唐茄子の赤い実が眼についた。
△水月山円通寺跡、大智禅師墓碑、そしてキリシタン墓碑、コレジヨ(キリシタン学校)跡もある。

 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線]

朝の二時間行乞、それから、あちらでたづね、こちらでたづねて、水月山円通寺跡の丘に登りついた、麦畑、桑畑、そこに六百年のタイムが流れたのだ、やうやくにして大智禅師の墓所を訊ねあてる、石を積みあげて瓦をしいて、堂か、小屋か、たゞの楠の一本がゆうぜんと立つてゐる、円通寺再興といふ岩戸山巌吼庵に詣でる、ナマクサ、ナマクサ、ナマクサマンダー。……
歩いてゐるうちにもう口ノ津だ、口ノ津は昔風の港町らしく、ちんまりとまとまつてゐる、ちよんびり行乞、朝日屋(三〇・中)、同宿は鮮人の櫛売二人、若い方には好感が持てた。
よくのんでよくねた。

 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線] 曇、晴、行程五里、有家町、幸福屋(三五・中)

昨夜はラヂオ、今夜はチクオンキ、明日はコト、――が聴けますか。
大きな榕樹(アコオ)がそここゝにあつた、島原らしいと思ふ、たしかに島原らしい。

 二月十三日(追記)

玉峰寺で話す、――禅寺に禅なし、心細いではありませんか。
同宿の鮮人二人、彼等の幸福を祈る。
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自戒、焼酎は一杯でやめるべし
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酒は三杯をかさねるべからず
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・解らない言葉の中を通る
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歩いてゐるうちに、だん/\言葉が解らなくなつた、ふるさと遠し、――柄にもなく少々センチになる。
今日は五里歩いた、何としても歩くことはメシヤだよ、老へんろさんと妥協して片側づゝ歩いたが、やつぱりよかつた、よい山、よい海、よい人、十分々々。
原城阯を見て歩けなかつたのは残念だつた。 

 二月十四日(追記)幸福屋といふ屋号はおもしろい。

同宿は坊主と山伏、前者は少々誇大妄想狂らしい、後者のヨタ話も愉快だつた――剣山の話、山中生活の自由、山葵、岩魚、焼塩、鉄汁[#「鉄汁」に傍点]。……

 二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線] 少し歩いて雨、布津、宝徳屋(三〇・中)

気が滅入つてしまうので、ぐん/\飲んだ、酔つぱらつて前後不覚、カルモチンよりアルコール、天国よりも地獄の方が気楽だ!
同宿は要領を得ない若者、しかし好人物だつた、適切にいへば、小心な無頼漢か。
此宿はよい、しづかでしんせつだ、滞在したいけれど。――

 二月十六日[#「二月十六日」に二重傍線] 行程三里、島原町、坂本屋(投込五〇・中)

さつそく緑平老からの来信をうけとる、その温情が身心にしみわたる、彼の心がそのまゝ私の心にぶつつかつたやうに感動する。

 二月十六日 廿二日 島原で休養。

近来どうも身心の衰弱を感じないではゐられない、酒があれば飲み、なければ寝る、――それでどうなるのだ!
俊和尚からの来信に泣かされた、善良なる人は苦しむ、私は私の不良をまざ/\と見せつけられた。
同宿の新聞記者、八目鰻売、勅語額売、どの人もそれ/″\興味を与へてくれた、人間が人間には最も面白い。

 二月廿三日[#「二月廿三日」に
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