たいものもないが、買ふ銭もない、たゞ観て[#「観て」に白三角傍点]あるく)。
ノンキの底からサミシサが湧いてくる、いや滲み出てくる。
上から下までみんな借物だ、着物もトンビも下駄も、しかし利休帽は俊和尚のもの、眼鏡だけは私のもの。
別にウインクしたのでもないが、服装が態度が遊覧客らしかつたのだらう、若い売笑婦に呼びかけられた!
長崎の銀座、いちばん賑やかな場所はどこですか、どうゆきますか、と行人に訊ねたら、浜ノ町でしようね、こゝから下つて上つてそして行きなさいと教へられた、石をしきつめた街を上つて下つて、そして下つて上つて、そしてまた上つて下つて、――そこに長崎情調がある、山につきあたつても、或は海べりへ出ても。
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・波止場、狂人もゐる(波止場)
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長崎の人々、殊に子供は山登りがうまからうと思ふ、何しろ生れてから、石の上を登つたり下つたりしてゐるのだから!
低い方へゆけば海、高い方へ行けば山、海を埋め立てるか、それはもう余地がない、だから山へ、山の上へ、上へと伸びてゆく、山の家、――それが長崎市街の発展過程だ。
灯火のうつくしさ、灯火の海(東洋では香港につぐ港の美景であるといはれてゐる)。
△二月七日は書き落したから、二月八日の後へ書く。
二月八日[#「二月八日」に二重傍線] 雨、曇、また雨、どうやら本降らしくなつた。
ひきとめられるのをふりきつて出立した、私はたしかに長崎では遊びすぎた、あんまり優遇されて、かへつて何も出来なかつた、酒、酒、酒、Gさんの父君が内職的に酒を売つてをり、酒好きの私が酒樽の傍に寝かされたとは、何といふ皮肉な因縁だつたらう!
とにもかくにも、長崎よ、さようなら、私は何だか、すまないやうな、放たれたやうな気分で歩いて来た。
Gさんの父君が餞別として、六神丸を下さつた、この六神丸は、いろ/\の意味で、ありがたかつた。
今朝は烟霧[#「烟霧」に傍点]といふものを観た、それは長崎港にふさはしいものだ、街の雑音も必ずしも悪くない。
鎮西三十三所の第二十四番、田結の観音寺に詣でる、つまらないところだつた。
このあたりには雲仙のおとしご[#「おとしご」に傍点]といひたいやうな、小さい円い山が五[#「五」に「マヽ」の注記]つも五つも盛りあがつてゐる、その間を道は上つたり下つたり、右へそれたり左へ曲つたり、うね/\ぐる/\と伸びてゆくのである、だらけたからだにはつらかつたが、悪くはなかつた、しかしずゐぶん労[#「労」に「マヽ」の注記]れた、江ノ浦にも泊らないで、此浦まで歩いて来た、有喜の湊屋(三〇・中)。
有喜近い早見といふ高台からの遠望はよかつた、美しさと気高さとを兼ね持つてゐた、千々岩[#「岩」に「マヽ」の注記]灘を隔てゝ雲仙をまともに見遙かすのである。……
江の浦から早見まで、よい道連れを与へられた、村の有志者とでもいふ部類の人柄らしかつた。
あまり草臥れたので一杯やつた、この一杯はまことに効果百パーセントだつた。
渇いて渇いて、もう歩けなくなつたとき、水の音、水が筧から流れ落ちてゐる、飲む、飲む、腹いつぱい飲む、うまい、うまい、甘露とはまさにこの水だ。
このあたりは陰暦の正月三日、お正月気分が随処に随見せられる、晴着をきて遊ぶ男、女、おばあさん、こども。
長崎から坂を登つて来て登り尽すと、日見墜道がある、それを通り抜けると、すぐ左側の小高い場所に去来の芒塚といふのがある。
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芒塚 去来
君が手もまじるなるべし花薄
・けさはおわかれの卵をすゝる
・トンネルをぬけるより塚があつた(去来芒塚)
・もう転ぶまい道のたんぽゝ
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同宿は遍路坊さん、声よくて程がない、近所の不良老婦人が寄つてきて騒ぎ□□声色身振をする、何しろ八里は十分に歩いたのだら[#「ら」に「マヽ」の注記]、労れた/\睡い/\。
二月七日[#「二月七日」に二重傍線] (追加)晴、肥ノ岬(脇岬)へ、発動船、徒歩。……
第二十六番の札所の観音寺へ拝登、堂塔は悪くないが、情景はよろしくない、自然はうつくしいが人間が醜いのだ、今日の記は別に書く、今日の句としては、
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・明けてくる山の灯の消えてゆく
・大海を汲みあげては洗ふ(船中)
まへにうしろに海見える草で寝そべる
岩にならんでおべんたうののこりをひろげる
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二月九日[#「二月九日」に二重傍線] 風雨、とても動けないから休養、宿は同前。
お天気がドマグレたから人間もドマグレた、朝からひつかけて与太話に時間をつぶした。
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二月十日[#「二月十日」に二重傍線] まだ風雨がつゞいてゐるけれど出立する、途中|千々石《
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