兵衛でもないやうだつた、呵々。
第二十八番の札所常安寺は予期を裏切つて詰らない禅寺だつた(お寺の方々は深切だつたけれど)、門前まで納屋がせりこんでゐて、炭坑寺[#「炭坑寺」に傍点]とでもいはうか。
どこを歩いても人間が多い、子供が多過ぎる。
朝早いのは鶏と子供だ。
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・ふりかへる領巾振山はしぐれてゐる
・枯草の長い道がしぐれてきた
・ぐるりとまはつて枯山
・枯山越えてまた枯山
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一月廿七日[#「一月廿七日」に二重傍線] 雨、曇、晴、行程三里、莇原《アザミバル》、若松屋(二五・中)
同宿の老人が早いので、私も六時前に起きた、九時まで読書、沿道を行乞しながら東へ向ふ、雨はやんだが風がでた、笠を吹きとばすほどである、ヨリ大声でお経をあげながら流して歩く、相当の所得はあつたので安心する。
此地方はどこも炭坑街で何となく騷々しくてうるさい、しかし山また山の姿はうれしい、海を離れて山にはいつたといふ感じはよい。
相知の街に、千里眼人事百般鑑定といふ看板がかけてあつた。
或る商家の前でグラ/\した、近来めづらしい腹立たしさであつた。
けふのおひるは饅頭一つだつた、昨日のそれは飴豆二つだつた(いづれもおせつたい)。
厳木(きうらぎと読む)は山間の小駅だが、街の両側を小川がさう/\と流れてゐた、古風な淋しいなつかしいところだつた。
宿のおかみさんが、ひとりで弾いて唄つて浮かれてゐる、一風変つた女だ、何だか楔が一本足らないやうにも思はれるが。
同宿三人、誰もが儲からない/\といふ。
ぐうたら坊主[#「ぐうたら坊主」に傍点]、どまぐれ坊主[#「どまぐれ坊主」に傍点]、どちらもよい名前だ。
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・山路きて独りごというてゐた
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一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線] 朝焼、そして朝月がある、霜がまつしろだ。
今日一日のあたゝかさうらゝかさは間違ない、早く出立するつもりだつたが、何やかや手間取つて八時過ぎになつた、一里歩いて多久、一時間ばかり行乞、さらに一里歩いて北方、また一時間ばかり行乞、そして錦江へいそぐ、今日は解秋和尚に初相見を約束した日である、まだ遇つた事もなし、寺の名も知らない、それでも、そこらの人々に訊ね、檀家を探して、道筋を教へられ、山寺の広間に落ちついたのは、もう五時近かつた、行程五里、九十四間の自然石段に一喝され、古びた仁王像(千数百年前の作ださうな)に二喝された、土間の大柱(楓ともタブともいふ)に三喝された、そして和尚のあたゝかい歓待にすつかり抱きこまれた。
一見旧知の如し、逢うて直ぐヨタのいひあひこが出来るのだから、他は推して知るべしである。
いかにも禅刹らしい(緑平老はきつと喜ぶだらう)、そしていかにも臨済坊主らしい(それだから臭くないこともない)。
遠慮なしに飲んだ、そして鼾をかいて寝た。
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・父によう似た声が出てくる旅はかなしい
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今日はほんたうにうらゝかだつた、枯葦がびつくりしてそよいでゐた、私のやうに。
フトン薄くてフミンに苦しむ、このあたりはどこの宿でも掛蒲団は一枚(好意でドテラをくれるところもあるが)。
をんな山、女らしくない、いゝ山容だつた。
馬神隧道といふのを通り抜けた、そして山口中学時代、鯖山洞道を通り抜けて帰省した当時を想ひだして涙にむせんだ、もうあの頃の人々はみんな死んでしまつた、祖母も父も、叔父も伯母も、……生き残つてゐるのは、アル中の私だけだ、私はあらゆる意味に於て残骸だ!
此地方は二月一日のお正月だ、お正月が三度来る、新のお正月、旧のお正月、――お正月らしくないお正月が三度も。
共同餅搗は共同風呂と共に村の平和を思はせる。
勝鴉(神功皇后が三韓から持つて帰つたといふ)が啼いて飛ぶのを見た、鵲の一種だらう。
歩く、歩く、死場所を探して、――首くゝる枝のよいのをたづねて!
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飯盛山福泉寺(解秋和尚主董、鍋島家旧別邸)
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山をそのまゝの庭、茅葺の本堂書院庫裏、かすかな水の音、梅の一二本、海まで見える。
猫もゐる、犬もゐる、鶏も飼つてある、お嬢さん二人、もろ/\の声(音といふにはあまりにしづかだ)。
すこし筧の匂ひする山の水の冷たさ、しん/\としみいる山の冷え(薄茶の手前は断はつた)、とにかく、ありがたい一夜だつた。
一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線] 曇后晴、行程三里、武雄、油屋(三〇・中)
朝から飲んで、その勢で山越えする、呼吸がはずんで一しほ山気を感じた。
千枚漬はおいしかつた(この町のうどんやで柚子味噌がおいしかつたやうに)。
解秋和尚から眼薬をさしてもらつた(此寺へは随分変り種がやつてくるさうな、
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