がいつたのと好一対の傑作だ。
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・朝凪の島を二つおく(呼子港)
    □
・ほろりとぬけた歯ではある(再録)
    □
・黒髪の長さを潮風にまかし
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この宿の娘については一つのロマンスがある、おばあさんが、わざわざ、二階の私に燠を持つてきてくれて話した。――(×印へ)
同宿のテキヤさん、トギヤさん、なか/\の話上手だ、いろ/\話してゐるうちに、猥談やら政治談やら、なか/\面白かつた、殊にオツトセイのエロ話はおかしかつた。
自動車は、乗らないものには外道車、火鉢に火がないならば灰鉢。……

 一月廿五日[#「一月廿五日」に二重傍線] 晴、行程三里、佐志、浜屋(二五・上)

一天雲なし、その天をいたゞいて、湊まで、一時間半ばかり行乞、近来にない不所得である、またぶら/\歩いて唐房まで、二時間行乞、近来にない所得だつた、プラスマイナス、世の中はよく出来てゐます。
テキヤさんの話、世の中が不景気になつて、そして人間が賢くなつて、もう昔のやうなボロイ儲けはありません。
見師[#「見師」に傍線]の誰もがいふ、ほんたうに儲け難くなつた!
私自身にい[#「にい」に「マヽ」の注記]て話さう、――二三年前までは、十五六軒も行乞すれば鉄鉢が一杯になつたが(米で七合入)今日では三十軒も歩かなければ満たされない。
女は、農漁村の女はよく稼ぐ、と今朝はしみ/″\思つた、朝早く道で出逢ふ女人の群、それはみんな野菜、薪、花、干魚を荷つた中年の女達だ。
松浦潟――そのよさが今日初めて解つた、七ツ釜、立神岩などの奇勝もあるさうだが、そんな事はどうでもよい、山路では段々畠がよかつた、海岸は波がよかつた、岩がよかつた。
相賀松原もよかつた、そこには病院があつて下宿が多かつた。
島はあたゝかだつたが、このあたりも、南をうけてあたゝかい、梅は盛り、蒲公英が咲いてゐる、もう豌豆も唐豆も花を咲かせてゐる。
今日の行乞相は、湊ではあまりよくなかつたが、唐房、佐志ではわるくなかつた、――たとへば、受けてはならない三銭を返し、受けなければならない五銭をいたゞいた。
鰯、鰯、鰯、見るも鰯、嗅ぐも鰯、食べるも、もちろん、鰯である。
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・港は朝月のある風景
・しんじつ玄海の舟が浮いてゐる
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同宿のおへんろさんは大した鼾掻きだつた、これまで度々そのために宿で問題を惹き起したと自白してゐたが、それは素破らしいものだつた、高く低く、長く短く、うはゞみのやうでもあり、怒濤の如くでもあつた!
呼子とはいゝ地名だ、そこには船へまで出かける娘子軍がゐるさうな。
ゆつくり飲んだ、おかみさんが昨日捕れた鯨肉を一皿喜捨してくれた(昨夜は鰯の刺身を一皿貰つたが)、酒はよくなかつたが、気分がよかつた。
予期した雨となつた、明日はまた雨中行乞か、それはそれとして、かすかな波の音を聞くともなく聞きながら寝た。
(×印から)宿の娘――おばあさんの孫娘がお客の鮮人、人蔘売といつしよになつて家出したといふ、彼女は顔はうつくしいけれど跛足であつた、年頃になつても嫁にゆけない、家にゐるのも心苦しい、そこへその鮮人が泊り合せて、誘ふ水に誘はれたのだ、おばあさんがしみ/″\と話す、あなたは方々をおまはりになるから、きつとどこかでおあひになりませう、おあひになつたら、よく辛棒するやうに、そしてあまり心配しないがよい、着物などは送つてやる、と伝へてくれといふ、私はこゝろよく受け合つた、そして心から彼女に幸あれと祈つた。
この宿のおかみさんもよく働く、家内九人、牛までゐる、そして毎晩四五人のお客だ、それを一人でやつてゐる、昨夜の宿のおかみさんもやり手だつた、四人の小さい子、それだけでも大した苦労なのに、お客さんへもなか/\よくしてくれた。

 一月廿六日[#「一月廿六日」に二重傍線] 曇、雨、晴、行程六里、相知、幡夫屋(二五・中)

折々しぐれるけれど、早く立つて唐津へ急ぐ、うれしいのだ、留置郵便を受取るのだから、――しかも受け取ると、気が沈んでくる、――その憂欝を抑へて行乞する、最初は殆んど所得がなかつたが、だん/\よくなつた。
徳須恵といふ地名は意味がありさうだ、こゝの相知(〔O_chi〕)もおもしろい。
麦が伸びて雲雀が唄つてゐる、もう春だ。
大きな鰯が五十尾六十尾で、たつた十銭とは!
この宿はきたないけれど、きやすくてわるくない、同宿の跛足老人はなか/\練れた人柄で、物事に詳しかつた、土地の事、宿の事をいろ/\教はつた。
この地は幡随院長兵衛の誕生地だ、新らしく分骨を祀つて、堂々たる記念碑が建てゝある、後裔塚本家は酒造業を営んでゐる、酒銘も長兵衛とか権兵衛とかいふ独特のものである、私は無論一杯ひつかけたが、酒そのものは長兵衛でも権
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