だらう、山頭火よ、お前は句に生きるより外ない男だ、句を離れてお前は存在しないのだ!
昨夜はわざと飲み過した、焼酎一杯が特にこたへた、そしてぐつすり寝ることが出来た、私のやうな旅人に睡眠不足は命取りだ、アルコールはカルモチンよりも利く。
一月廿三日[#「一月廿三日」に二重傍線] 雨后晴、泥中行乞、呼子町、松浦屋(三〇・中)
波の音と雨の音と、そして同宿のキ印老人の声で眼覚める、昨夜はアル注入のおかげで、ぐつすり寝たので、身心共に爽やかだ。
とう/\雨になつたが、休養するだけの余裕はないので、合羽を着て八時過ぎ出立する、呼子町まで二里半、十一時に着いて二時半まで行乞、行乞相もよかつたが、所得もよかつた。
呼子は松浦十勝の随一だらう、人も景もいゝ感じを与へる、そしてこの宿もいゝ、明日も滞在するつもりで、少しばかり洗濯をする。
晴れて温かくなつた、大寒だといふのに、このうらゝかさだ、麦が伸びて豌豆の花が咲く陽気だ。
私でも――私の行乞でも何かに役立つことを知つた、たとへば、私の姿を見、私の声を聞くと、泣く児が泣くことをやめる!
中流以上の仕舞うた屋で、主婦も御隠居もゐるのに、娘さん――モダン令嬢が横柄にはじいた、そこで、私もわざと観音経読誦、悠然として憐笑してやつた。
例の鍋とり屋さんとまた同宿、徳須恵では女が安い話を聞かされた、一枚も出せば飲んで食つて、そして抱いて寝られるといふ、あなかしこ/\、それにつけても昨夜のキ印老人は罪のない事をいつた、彼は三十八万円の貯金があるといふ、その利子で遊ぶといふ、わはゝゝゝゝ。
今日は郵便局で五厘問答[#「五厘問答」に傍点]をやつた、五厘銅貨をとるとらないの問答である、理に於ては勝つたけれど情に於て敗けた、私はやつぱり弱い、お人好しだ。
唐房といふ浦町が唐津近在にある、そのかみの日支通商を思はせる地名ではないか。
一月廿四日[#「一月廿四日」に二重傍線] 小春、発動汽船であちこち行乞、宿は同前。
早く起きる、何となく楽しい日だ、八時ポツポ船で名護屋へ渡る、すぐ名護城[#「護城」に「マヽ」の注記]趾へ登る、よかつた。
――遊覧地じみてゐないのがよい、石垣ばかり枯草ばかり松ばかり、外に何も残つてゐないのがよい、たゞ見る丘陵の起伏だ、そして一石一瓦こと/″\く太閤秀吉を思はせる、さすがに規模は太閤らしい、茶店――太閤茶屋――たゞ一軒の――老人がいろ/\と説明してくれる、一ノ丸、二ノ丸、三ノ丸、大手搦手、等々々、外濠は海、内濠は埋つてゐる、本丸の記念碑(それは自然石で東郷元帥の筆)がふさはしい、天主台は十五間、その上に立つて、玄海を見遙かして、秀吉の心は波打つたゞらう、その傍にシヤンがつゝましく控へてゐたかも知れない。
後方の山々には日本諸国の諸大名がそれ/″\陣取つて日本魂を発露したゞらう。
私は玄海のかゞやきの中に豊太閤の姿を見た。
桑田変じて北[#「北」に「マヽ」の注記]海となるといふが、城趾が桑畑になつてゐる、松風、小鳥、枯薄。……
茶店の老人があまり深切に説明してくれるので、とう/\絵葉書一組買はないではすまないやうになつた。
大きな松が枯れてゐる、桜が一本、藤が一株。
観月の場所としては随一だらう。
こゝでまた、いつもの癖で水を飲んだ。
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城あと、茨の実が赤い
・ゆつくり尿して城あと枯草
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二時間ばかり漁村行乞、ありがたいこともあり、ありがたくないこともあつた。
十二時近くなつてまた発動機船で片島へ渡る、一時間ほど行乞、蘭竹の海岸づたひに田島神社へ参拝する、こゝに松浦佐用姫の望夫石がある、祠堂を作つて、お初穂をあげなければ見せないと宮司がいふ、それだけの余裕もないし、またその石に回向して、石が姫に立ちかへつても困るので堂の前で心経読誦、そのまゝ渡し場へ急いだ、こゝでも水を飲むことは忘れなかつた。
呼子へ渡されたのは二時、あまり早かつたので、そして今日は出費が多かつたので――渡銭三回で三十銭、外に久し振りにバツト七銭、判をいたゞいてお賽銭五銭など――一時間行乞、宿に帰つて、また洗濯、また一杯、宿のおかみさんが好意を持つてくれて鰯の刺身一皿喜捨してくれた、私も子供に一銭二銭三銭喜捨してやつた。
鰯といへば、名護屋でも片島でもたくさんの収穫があつた、女が七八人並んで網から外しては後へ投げる、どこも鰯、鰯臭かつた。
呼子町の対岸には遊女屋が十余軒、片島にも四五軒あつた、しかし佐用姫の情熱を持つたやうな彼女は見当らなかつた!
石になるより銭になる、石になれ、銭になれ、なりきれ。
名物松浦漬(鯨骨の粕漬)そして佐用姫漬(福神漬)、島へ小鳥を持つて帰る人、島の遊女を買ふ人。
蒲鉾はようござんすか、と少年がいつた、いつぞや、お魚はいりませんか、と女
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