私もその一人だらうか、私としては、また寺としても、ふさはしいだらう)。
この寺は和泉式部の出生地、古びた一幅を見せて貰つた(峨山和尚の達磨の一幅はよかつた)。
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故郷に帰る衣の色くちて
錦のうらやきしま[#「きしま」に傍線]なるらん
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五百年忌供養の五輪石塔が庭内にある。
井特の幽霊の絵も見せてもらつた、それは憎い怨めしい幽霊でなくて、おゝ可愛の幽霊――母性愛を表徴したものださうな。
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・ひかせてうたつてゐる
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こゝの湯――二銭湯――はきたなくて嫌だつたが、西方に峙えてゐる城山――それは今にも倒れさうな低い、繁つた山だ――はわるくない。
うどん、さけ、しやみせん、おしろい、等々、さすがに湯町らしい気分がないでもないが、とにかく不景気。
一月卅日[#「一月卅日」に二重傍線] 晴、暖、滞在、宿は同前、等々々。
お天気はよし、温泉はあるし、お布施はたつぷり(解秋和尚から、そして緑平老からも)、どまぐれざるをえない。
一浴して一杯、二浴して二杯、そしてまた三浴して三杯だ、百浴百杯、千浴千杯、万浴万杯、八万四千浴八万四千杯の元気なし。
けふいちにちはなまけるつもりだつたが、おもひかへして、午後二時間ばかり行乞。
よき食慾とよき睡眠、そしてよき生[#「生」に「マヽ」の注記]慾とよき浪費、それより外に何物もない!
とにかくルンペンのひとり旅はさみしいね。
一月卅一日[#「一月卅一日」に二重傍線] 曇、歩行四里、嬉野温泉、朝日屋(三〇・中)
一気にこゝまで来た、行乞三時間。
宿は新湯の傍、なか/\よい、よいだけ客が多いのでうるさい。
飲んだ、たらふく飲んだ、造酒屋が二軒ある、どちらの酒もよろしい、酒銘「一人娘」「虎の児」。
武雄温泉にはあまり好意が持てなかつた、それだけこの温泉には好意が持てる。
湧出量が豊富だ(武雄には自宅温泉はないのにこゝには方々にある)温度も高い、安くて明るい、普通湯は二銭だが、宿から湯札を貰へば一銭だ。
茶の生産地だけあつて、茶畑が多い、茶の花のさみしいこと。
嬉野はうれしいの[#「うれしいの」に傍点](神功皇后のお言葉)。
休みすぎた、だらけた、一句も生れない。
ぐつすり寝た、アルコールと入浴とのおかげで、しかし、もつと、もつと、しつかりしなければな[#「ばな」に「マヽ」の注記]い。
二月一日[#「二月一日」に二重傍線] 雨、曇、行程四里、千綿《チワタ》(長崎県)、江川屋(三〇・中)
朝風呂はいゝなあと思ふ、殊に温泉だ、しかし私は去らなければならない。
武雄ではあまり滞留したくなかつたけれど、ずる/\と滞留した、こゝでは滞留したいけれど、滞留することが出来ない、ほんに世の中はまゝにならない。
彼杵《ソノギ》(むつかしい読方だ)まで三時[#「時」に「マヽ」の注記]、行乞三時間、また一里歩いてこゝまできたら、降りだしたので泊る、海を見晴らしの静かな宿だ。
今日の道はよかつた、山も海も(久しぶりに海を見た)、何だか気が滅入つて仕方がない、焼酎一杯ひつかけて胡魔化さうとするのがなか/\胡魔化しきれない、さみしくてかなしくて仕方がなかつた。
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・寒空の鶏をたゝかはせてゐる
・水音の梅は満開
牛は重荷を負はされて鈴はりんりん
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最後の句は此地方の牛を表現してゐると思ふ、鈴音のりん/\は聞いてうれしいが、牛の重荷は見てかなしい。
私はだん/\生活力が消耗してゆくのを感じないではゐられない、老のためか、酒のためか、孤独のためか、行乞のためか――とにかく自分自身の寝床が欲しい、ゆつくり休養したい。
新しい鰯を買つて来て、料理して貰つて飲んだ、うまかつた、うますぎだつた。
前後不覚、過現未を越えて寝た。
二月二日[#「二月二日」に二重傍線] 雨、曇、晴、四里歩いて、大村町、山口屋(三〇・中)
どうも気分がすぐれない、右足の工合もよろしくない、濡れて歩く、処々行乞する、嫌な事が多い、午後は大村町を辛抱強く行乞した。
大村――西大村といふところは松が多い、桜が多い、人も多い。
軍人のために、在郷人のために、酒屋料理屋も多い。
昨日も今日も飛行機の爆音に閉口する、すまないけれど、早く逃げださなければならない。
此宿はよい、しづかで、しんせつで、――湯屋へいつたがよい湯だつた、今日の疲労を洗ひ流す。
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・街はづれは墓地となる波音
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何だか物哀しくなる、酒も魅力を失つたのか!
あたゝかいことだ、まるで春のやうだ、そゞろに一句があつた。
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・あたたかくて旅のあはれが身にしみすぎる
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お互に酒を
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