連歌俳句研究所、何々庵何々、入門随意といふ看板を見た、現代には珍らしいものだ。
一月九日 曇、小雪、冷たい、四里、鐘ヶ崎、石橋屋(中)
とにかく右脚の関節が痛い、神経痛らしい、嫌々で行乞、雪、風、不景気、それでも食べて泊るだけはいたゞきました。
今日の行乞相はよかつたけれど、それでも/\時々よくなかつた、随流去[#「随流去」に傍点]! それの体現まで行かなければ駄目だ。
此宿はわるくない、同宿三人、めい/\勝手な事を話しつゞける、政変についても話すのだから愉快だ。
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・暮れて松風の宿に草鞋ぬぐ
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同宿のとぎやさんから長講一席を聞かされる、政治について経済について、そして政友民政両党の是非について、――彼は又、発明狂らしかつた、携帯煽風器を作るのだといつて、妙なゼンマイをいぢくつたり図面を取りちらしたりしてゐた、専売特許を得て成金になるのだといつて逆上気味だつた、彼に反して同宿の薬屋さんはムツツリヤだつた、彼は世間師同志の挨拶さへしなかつた。
昨夜はちゞこまつて寝たが、今夜はのび/\と手足を伸ばすことが出来た、『蒲団短かく夜は長し』。
此頃また朝魔羅が立つやうになつた、『朝、チンポの立たないやうなものに金を貸すな』、これも名言だ。
人生五十年、その五十年の回顧、長いやうで短かく、短かいやうで長かつた、死にたくても死ねなかつた、アルコールの奴隷でもあり、悔恨の連続でもあつた、そして今は!
一月十日[#「一月十日」に二重傍線] 晴、二里、散策、神湊、隣船寺。
一月十一日 晴、歩いたり乗つたりして十里、志免、富好庵。
一月十二日 雨后晴、足と車とで十余里、姪ノ浜、熊本屋。
此三日間の記事は別に書く。
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・朝から泣く児に霰がふつてきた
・寒い空のボタ山よさようなら(志免)
福寿草を陽にあてゝ縫うてゐられた(千鶴女居)
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一月十三日[#「一月十三日」に二重傍線] 曇つて寒かつた、霙、姪ノ浜、熊本屋(二五・中)
東油山観世音寺(九州西国第三十番)拝登。
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・けふは霰にたたかれて
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今日は行乞は殆んど出来なかつた、近道を教へられて、それがために却つて遠道をしたりして一層労れた。
お山の水はほんたうにおいしかつた、岩の上から、そして樋をあふれる水、それにそのまゝ口づけて腹いつぱいに二度も三度も頂戴した。
野芥(ノケと読む)といふ部落があつた、珍しい地名。
同宿は女の油売、老いた研屋、共に熊本県人、そして宿は屋号が示すやうに熊本県人だ、お互に熊本の事を話し合つて興じた。
一月十四日[#「一月十四日」に二重傍線] 曇、風が寒い、二里歩く、今宿、油屋(中・二五)
もう財布には一銭銅貨が二つしか残つてゐない(もつとも外に五厘銅貨十銭ばかりないこともないが)、今日からは嫌でも応でも本気で一生懸命に行乞しなければならないのである。
午前は姪ノ浜行乞(此地名も珍らしい)午後は生きの松原、青木松原を歩いて今宿まで、そして三時過ぎまで行乞する、このあたりには元寇防塁の趾跡がある、白波が押し寄せて松風が吹くばかり。
途中、長垂寺といふ景勝の立札があつたけれど、拝登しなかつた、山からの酒造用水を飲ませて貰つたがうまかつた、たゞしちつとも酔はなかつた!
俳友に別れ、歓待から去つて、何となく淋しいので、少々焼酎を飲み過ぎたやうだ、酒は三合、焼酎ならば一合以下の掟を守るべきである。
同宿の老遍路さん、しんせつで、ていねいで、昔を思はせるものがあつた。
若い支那行商人、元気がよい、そして始末屋だ、きつと金を貯めるだらう(朝鮮人は日本人に似てゐて、酒を飲んだり喧嘩をしたりするが、支那人は決して無駄費ひしない、時に集つて団子を拵らへて食べ合ふ位だ)。
いかけやさん、とぎやさんと遅くまで話す、無駄話は悪くない(いかけやさん、とぎやさんで飲まないものはない)。
長崎では、家屋敷よりも墓の方が入質価値があるといふ、墓を流したものはないさうな、それだけ長崎人の信心を現はしてゐる。
一月十五日[#「一月十五日」に二重傍線] 曇、上り下り七里、赤坂、末松屋(二五・中)
雷山千如寺拝登、九州西国二十九番の霊場。
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・山寺の山柿のうれたまゝ
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今日は近頃になく労れた、お山でお通夜を阻まれ、前原で宿を断はられ、とう/\こゝまで重い足を曳きずつて来た、来た甲斐はあつた、よい宿だつた、同宿者も好人物だつた、たとへ桶風呂でも湯もあつたし、賄も悪くなかつた、火鉢を囲んで雑談がはづんだ、モンキの話(猿)長虫の話(蛇)等、等の縁起話は面白かつた。
雷山の水もよかつたが、油山には及ばなか
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