乞するやうな気分にもなれないので、さらに門司まで歩く、こゝから汽船で白船居へ向ひたいと思つてゐたのに、徳山へは寄港しないし、時間の都合もよくないので、下関へ渡つていつもの宿へおちつく、三時前とはあまりに早泊りだつた。
同宿十余人、同室弐人、おへんろさんと虚無僧さん、どちらも好人物だつた。
此宿の主人は、前年泊つた時感じたやうに、所謂普請道楽だ、部屋、食堂、便所、等、等と造り直してゐる、そして今日も二階の張出縁を自分で造つてゐる。
酒は高く米は安い。
関門を渡るたびに、私は憂欝になる、ほんたうの故郷、即ち私の出張[#「張」に「マヽ」の注記]地は防府だから、山口県に一歩踏み込めば現在の私として、私の性情として憂欝にならざるをえないのである、といふ訳でもないが、同時にさういふ訳でないこともないが、とにかく今日は飲んだ、飲んだゝけではいけないので、街へ出かけた、亀山祭でドンチヤン騒ぎ、仮装行列がひつきりなしにくる。……
今日は昼火事に出くわした。
少し腹工合が悪いので、念のために、緑平老から貰つてきた薬を飲む、よくきく薬だ、よくきく肉体だ。
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 焼跡あを/\と芽ぶいたゞけ
 乞食は裸で寝てゐる五月晴
・だまつて捨炭を拾ひ歩く
 声をそろへ力をそろへ鶴嘴をそろへ(線路工事)
 晴れておもひでの関門をまた渡る
[#ここで字下げ終わり]
刑務所の傍を、水に沿うて酒買ひにいつた、塀外の畑を耕してゐる囚人の視線は鋭かつた。
更けて隣室の夫婦喧嘩で眼が覚めた、だから夫婦者はうるさい、仲がよくてもうるさい、仲がわるければより[#「より」に傍点]うるさい。

 五月四日[#「五月四日」に二重傍線] 曇、行程八里、埴生、今井屋(三〇・下)

行乞しなければならないのに、どうしても行乞する気分になれない、それをむりに行乞した、勿論下関から長府まで歩くうちに身心を出来るだけ調整して。
長府はおちついた町で感じがいゝ、法泉寺の境内に鏡山お初の石塔があつた、乃木神社二十週[#「週」に「マヽ」の注記]年記念の博覧会(と自称するもの)が開催されてゐた、それに入場する余裕もないし興味もないので小月まで、小月では宿といふ宿から断られた、しようことなしにこゝまで歩いた、電燈がついてから着いて、頼んで泊めて貰つた、何といふ無愛想な、うるさい、けちな宿だらう!(しかし野宿よりはマシだ、三十銭
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