財だ、うれしかつた。
終日、句稿整理、私にはまだ自選の自信がない、しかし句集だけは出さなければならない、句集が出せなければ、草庵を結ぶことが出来ないのである。
今夜の同宿は五人、その中に嫌な男がゐるので、私は彼等のグループから離れてゐた、彼は妙に高慢ちきで、人の揚足を取らう/\としてゐる、みんなが表面敬意を見せて内心では軽蔑してゐるのに気がつかないで、駄法螺を吹いて威張つてゐる、よく見る型の一種だが、私の最も好かない型である、彼にひきかへて、鍋釜蓋さんは愉快な男だ、いふ事する事が愛嬌たつぷりである、お遍路婆さんも面白い、元気で朗らかだ、遊芸夫婦(夫は尺八、妻は尼)にも好感が持てた、こゝで思ひついたのだが、出来合の旅人夫婦は、たいがい、女房の方がずつと年上だ、そして妻権がなか/\強い、彼は彼女の若い燕、いや鴉でもあらう。
夜は読書、鉄眼禅師法語はありがたい。
四月十三日[#「四月十三日」に二重傍線] 晴、行程二里、前原町、東屋(二五・ [#「 」に「マヽ」の注記])
からりと晴れ、みんなそれ/″\の道へゆく、私は一路東へ、加布里、前原を五時間あまり行乞、純然たる肉体労働だ、泊銭、米代、煙草銭、キス代は頂戴した。
今朝はおかしかつた、といふのは朝魔羅が立つてゐるのである、山頭火老いてます/\壮なり、か!
浜窪海岸、箱島あたりはすぐれた風景である、今日は高貴の方がお成になるといふので、消防夫と巡査とで固めてゐる、私は巡査に追はれ消防夫に追はれて、或る農家に身を潜めた、さてもみじめな身の上、きゆうくつな世の中である、でも行乞を全然とめられなかつたのはよかつた。
初めて土筆を見た、若い母と可愛い女の子とが摘んでゐた。
店のゴム人形がクル/\まはる、私は読経しつゞける。
犬ころが三つ、コロ/\ころげてきた、キツスしたいほどだつた。
孕める女をよく見うける、やつぱり春らしい。
日々好日に違ひないが、今日はたしかに好日だつた。
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・春あを/\とあつい風呂
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此宿は見かけよりもよかつた、町はづれで、裏坐敷からのながめがよかつた、遠山の姿もよい、いちめんの花菜田、それを点綴する麦田(此地方は麦よりも菜種を多く作る)その間を流れてくる川一すぢ、晴れわたつた空、吹くともなく吹く風、馬、人、犬、――すべてがうつくしい春のあらはれだつた。
た
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