ゞ不便なのは酒屋が遠いことだ、三里はないけれど十丁位はある、それをわざ/\一合買ひに行くのだから、ほんたうに酒飲は浮ばれない(もつとも此場合の酒は古機械にさす油みたいなものだが)。
酒については、昨日、或る友にこんな手紙を書いた。――
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……酒はつゝしんでをりますが、さて、つゝしんでも、つゝしんでもつゝしみきれないのが酒ですね、酒はやつぱり溜息ですよ(青年時代には涙ですが、年をとれば)、しかし、ひそかに洩らす溜息だから、御心配には及びません。……
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四月十四日[#「四月十四日」に二重傍線] 雨となるらしい曇り、行程三里、生きの松原、その松原のほとりの宿に泊る綿屋( ・ )
行乞途上、わからずやが多かつたけれど、今日もやつぱり好日。
女はうるさい、朝から夫婦喧嘩だ、子供もうるさい、朝から泣きわめく、幸にして私は一人だ。……
朝鮮人はうるさいと思ふのに(此宿にも二人泊つてゐる、朝鮮人としての悪いところばかり持つてゐるらしい)、亭主持つなら朝鮮人(遊ばせて可愛がつてくれるから)とおばあさんがいふ!
休んでゐると、犬が尾をふりあたまをふつてやつてくる、からだをすりよせる、しかし私はお前にあげるものを持たない、すまないね。
どうでもといはれて、病人のために読経した、慈眼視衆生、福聚海無量、南無観世音菩薩、彼に幸あれ。
今年はじめての松露を見た(店頭で)、松原らしい気分になつた、私もすこし探したが一個も見つからなかつた。
松に風なく松露が。……
うるふ[#「うるふ」に傍点]といふ宿場はちつともうるほさなかつた。
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すこし濁つて春の水ながれてくる
・旅人のふところでほんにおとなしい児
・春の街並はぢかれどほしでぬけた
・あたゝかい小犬の心がようわかる
春のくばりものとし五色まんぢゆう
再録
・朝からの騷音へ長い橋かゝる
・松はおだやかな汐鳴り
・遍路たゞずむ白浪おしよせる
・わびしさは法衣の袖をあはせる
□
・旅の或る日の松露とる
花ぐもりのいちにち石をきざむばかり
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此宿はよい、家の人がよい、そして松風の宿だ、といふ訳でずゐぶん飲んだ、そしてぐつすり寝た、久しぶりの熟睡だつた、うれしかつた。
途中、潤(うるふ)といふところがあつた、うるほさないところだつた。
私
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