私などはなるたけ小言をいひたくないのに、彼はなるたけ小言がいひたいのだ、とうてい部長にもなれない彼だ、なぜ彼等はあんなにこせ/\するのだらう、――嬉しい事といふのは、郷里の妹からたよりがあつたのだ、ゲルトも送つてくれたし、着物も送つてくれた、私はさつそくその着物をつけて、そのゲルトで買物しい/\歩いた、あゝ何といふ肉縁のあたゝかさだらう!
米を買つた、一升拾六銭だ、米はほんたうに安い、安すぎる、粒々辛苦、そして損々不足などゝ考へざるをえないではないか。
どうも通信費には困る、毎日葉書の五六枚、手紙の二三本書かないことはない、今日は葉書六枚、手紙三本書いた。
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・送つてくれたあたゝかさを着て出る(妹に)
吹いても吹いても飴が売れない鮮人の笛かよ
・向きあつて知るも知らぬも濁酒《ドブ》を飲む(居酒屋にて)
□
かきおきかいておいてさうして(述懐)
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一月九日[#「一月九日」に二重傍線] 雨、曇、晴、曇、雨。
起きると、そのまゝで木炭と豆腐とを買ひに行く、久しぶりに豆腐を味はつた、やつぱり豆腐はうまい。
あんまり憂欝だから二三杯ひつかける、その元気で、彼女を訪ねて炬燵を借りる、酒くさいといつて叱られた。
帰家穏坐とはいへないが、たしかに帰庵閑坐だ。
昨夜も今夜も鶏が鳴きだすまで寝なかつた、寝られなかつた。
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お正月の母子《オヤコ》でうたうてくる
また降りだしてひとりである
ほころびを縫ふほどにしぐれる
・縫うてくれるものがないほころび縫つてゐる
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一月十日[#「一月十日」に二重傍線] 雪が積んでゐる、まだ降つてゐる、風がふく、寒く強く。
近来にない寒さだつた、寒《カン》が一時に押し寄せたやうだつた、手拭も葱も御飯も凍つた、窓から吹雪が吹き込んで閉口した。
ありがたいことには炬燵があつた、粕汁があつた。
朝湯朝酒は勿体ないなあ。
今日は金比羅さんの初縁日で、おまゐりの老若男女が前の街道をぞろ/\通る、信仰は寒さにもめげないのが尊い。
隙洩る風はこの部屋をいかにも佗住居らしくする、そしてその風をこらへて、せくゞまつてゐる自分をいかにも佗人らしくする。……
寒いにつけても、ルンペン時代のつらさを思ひ出さずにはゐられない。
酒ほどうまいものはない、そして酒ほど
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