んよろしい。
次郎さんに手紙を書いた、――その心中を察して余りある事、感傷的になつては詰らない事、気持転換策として禅の本を読まれたい事、一度来訪ありたき事、等、等。
苦痛のために身心を歪曲されるやうでは駄目だ、人生といふものはおのづから道が開けてくるものである、といふよりも、人間は自分自身の道を見出さずには生きられないのである。
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 干し物そのまゝにしてしぐれてゐる
・ま夜中、熱いものをすゝる
・食べるもの食べつくしてひとり
 とりわけてうつくしい葉ぼたんの日ざし
・ぬくい夜の赤児へ話しかけてゐる
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 一月七日[#「一月七日」に二重傍線] 曇、后晴、寒くなつた、冬らしくなつた(昨日から小寒入だ)

銭がなくなつた、餅もなくなつたし米もなくなつた(銭は精確にいへば、まだ十三銭残つてゐるが)。
朝は腹も空いてゐないからお茶を飲んですます、午後は屑うどんを少しばかり買つて食べる、夜は密柑の残つたのを食べる、お茶がやつぱり一等うまい。
昨日も今日もアルコールなしだつた、飲みたいとも思はなかつた、私もやつとアルコールだけは揚棄することが出来ら[#「来ら」に「マヽ」の注記]しい、そして昨日も今日も私一人だつた、訪ねてもゆかず、訪ねてくるものもなかつた、たゞ一人ぢつとして読んでゐた、考へてゐた、そして平静だつた。
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・お茶でもすませる今日が暮れた
・散つては咲く梅の水かへる
 寒うなつて葉ぼたんうつくしい
 生活の御詠歌うたふも寒いこと
・音たてゝ食べる夜《ヨル》の人
・街の雑音の密柑むく
・星が寒う晴れてくるデパートの窓も
・いちりんのその水仙もしぼんだ
 尿する月かくす雲のはやさよ
 寒月の捨犬が鳴きつゞける
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 一月八日[#「一月八日」に二重傍線] 朝のうちはうらゝかな晴れだつたが、午後は曇つた。

今朝は嫌な事と嬉しい事とがあつた、その二つを相殺しても、まだまだ嬉しさが余りあつた、――といふのは、起きてすぐ前の畠に尿して道を横ぎらうとするところへ、まご/″\走る自動車がやつてきた、彼は巡査だつた、私が尿したのを見たのだらう、そして恐らくは自分のまご/″\を隠すためだらう、そこへ小便してはいかんぢやないか、といひ捨てゝいつた、私は無論何とも答へなかつた、そして彼の没常識を憐んだ、
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