しよに里へ下りて来た
 休んでゐるそこの木はもう紅葉してゐる
 山路咲きつゞく中のをみなへしである
 だん/\晴れてくる山柿の赤さよ
 山の中鉄鉢たゝいて見たりして
・しみ/″\食べる飯ばかりの飯である
 蝶々よずゐぶん弱つてゐますね
   或る農村の風景(連作)
 明《アカ》るいところへ連れてきたら泣きやめた児だつた
 子を負うて屑繭買ひあるく女房である
 傾いた屋根の下には労れた人々
・脱穀機の休むひまなく手も足も
・八番目の子が泣きわめく母の夕べ
・損するばかりの蚕飼ふとていそがしう食べ
・出来秋のまんなかで暮らしかねてゐる
 こんなに米がとれても食へないといふのか
 出来すぎた稲を刈りつゝ呟いてゐる
 刈つて挽いて米とするほこりはあれど
 豊年のよろこびとくるしみが来て
・コスモスいたづらに咲いて障子破れたまゝ
・寝るだけが楽しみの寝床だけはある
・暮れてほそ/″\炊きだした
・二本一銭の食べきれない大根である
・何と安い繭の白さを□□る
[#ここで字下げ終わり]
勿論、これは外から見た風景で、内から発した情熱ではない、私としては農村を歩いてゐるうちに、その疲弊を感じ、いや、感じないではゐられないので、その感じを句として表現したに過ぎない、試作、未成品、海のものでも山のものでも、もとより畑のものではない。
かういふ歌が――何事も偽り多き世の中に死ぬことばかりはまことなりけり――忘れられない、時々思ひ出しては生死去来真実人に実参しない自分を恥ぢてゐたが、今日また、或る文章の中にこの歌を見出して、今更のやうに、何行乞ぞやと自分自身に喚びかけないではゐられなかつた、同時に、木喰もいづれは野べの行き倒れ犬か鴉の餌食なりけりといふ歌を思ひ出したことである。

 十月十七日[#「十月十七日」に二重傍線] 曇后晴、休養、宿は同前。

昨夜は十二時がうつても寝つかれなかつた、無理をしたゝめでもあらう、イモシヨウチユウのたゝりでもあらう、また、風邪気味のせいでもあらう、腰から足に熱があつて、倦[#「倦」に「マヽ」の注記]くて痛くて苦しかつた。
朝のお汁に、昨日途上で貰つて来た唐辛を入れる、老来と共に辛いもの臭いもの苦がいもの渋いものが親しくなる。
昨日といへば農家の仕事を眺めてゐると、粒々辛苦といふ言葉を感ぜずにはゐられない、まつたく粒々辛苦だ。
身心はすぐれないけれど、むりに八時出立する、行乞するつもりだけれど、発熱して悪感がおこつて、とてもそれどころぢやないので、やうやく路傍に小さい堂宇を見け[#「見け」に「マヽ」の注記]て、そこの狭い板敷に寝てゐると、近傍の子供が四五人やつて[#「つて」に「マヽ」の注記]声をかける、見ると地面に茣蓙を敷いて、それに横は[#「横は」に「マヽ」の注記]りなさいといふ、ありがたいことだ、私は熱に燃え悪感に慄へる身体をその上に横たへた、うつら/\して夢ともなく現ともなく二時間ばかり寝てゐるうちに、どうやら足元もひよろつかず声も出さうなので、二時間だけ行乞、しかも最後の家で、とても我慢強い老婆にぶつかつて、修証義と、観音経を読誦したが、読誦してゐるうちに、だん/\身心が快くなつた。
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 大地ひえ/″\として熱あるからだをまかす
・いづれは土くれのやすけさで土に寝る
 このまゝ死んでしまふかも知れない土に寝る
 熱あるからだをなが/\と伸ばす土
[#ここで字下げ終わり]
前の宿にひきかへして寝床につく、水を飲んで(こゝの水はうまくてよろしい)ゆつくりしてさへをれば、私の健康は回復する、果して夕方には一番風呂にはいるだけの勇気が出て来た。
やつと酒屋で酒を見つけて一杯飲む、おいしかつた、焼酎とはもう絶縁である。
寝てゐると、どこやらで新内を語つてゐる、明烏らしい、あの哀調は病める旅人の愁をそゝるに十分だ。
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たつた一匹の蚊で殺された
病んで寝て蠅が一匹きたゞけ
[#ここで字下げ終わり]

 十月十八日[#「十月十八日」に二重傍線] 晴、行程四里、本庄町、さぬきや(三〇・上)

夜が長い、いくども眼がさめた、今日もお天気、ようお天気がつゞく、ありがたいことである、雨は世間師には殺人剣だ。
高岡から綾まで二里、天台宗の乞食坊さんと道づれになる、彼の若さ、彼の正直さを知つて、何とかならないものかと思ふ。
綾を二時間ばかり行乞する、このあたりは禅宗が多いので、行乞には都合よろしい、時々嫌なことがある、その嫌なことを利用してはいけない、善用して、自分の忍辱がどんなものであるかを試みる。
先日来、お昼の辨当を持つて歩くことにした、今日は畦草をしいて食べた、大根漬がおいしかつた、それは高岡の宿のおみか[#「みか」に「マヽ」の注記]さんの心づくしであるが。
綾から本庄までまた二里、三時間ばかり行乞、やうやく教へられた、そして大正十五年泊つたおぼえのある此宿を見つけて泊る、すぐ湯屋へゆく、酒屋へ寄る。……
相客は古参のお遍路さんだ、例の如く坑夫あがりらしい、いつも愚痴をいつてゐる、嫌な男だと思つたが、果して夕飯の時、焼酎を八本も呷つて(飲むのぢやない、注ぎ込むのだつた)不平を並べ初めた、あまりうるさいので、外へ出てぶら/\してゐるうちに、私自身もまたカフヱーみたいなところへはいつた、ビールを久しぶりに味ふ、その余勢が朝鮮女の家へまで連れていつた、前には五人の朝鮮淫売婦、彼女らがペチヤ/\朝鮮語をしやべるので私も負けずにブロークンイングリツシユをしやべる、そのためか、たゞしは一銭銅貨ばかりで払ふのに同情したからか、五十銭の菓子代を三十銭に負けてくれた、何と恥づかしい、可笑しい話ではないか。
アルコールのおかげで、隣室の不平寝言――彼は寝てまで不平をいつてゐる――のも気にかけないで、また夜中降りだした雨の音も知らないで、朝までぐつすり寝ることができた。
此宿はよい、待遇もよく賄もよく、安くて気楽だ、私が着いた時に足洗ひ水をとつてくれたり、相客の喧騒を避けさせるべく隣室に寝床をしいてくれた、老主人は昔、船頭として京浜地方まで泳ぎまはつたといふ苦労人だ、例の男の酔態に対しても平然として処置を誤まらない、しかし、蒲団だけは何といつてもよろしくない、私は酔うてゐなかつたらその臭気紛々でとても寝つかれなかつたらう、朝、眼が覚めると、飛び起きたほどだ。
酔漢が寝床に追ひやられた後で、鋳掛屋さんと話す、私が槍さびを唄つて彼が踊つた、ノンキすぎるけれど、かういふ旅では珍らしい逸興だつた、しかし興に乗りすぎて嚢中二十六銭しか残つてゐない、少し心細いね――嚢中自無銭!

 十月十九日[#「十月十九日」に二重傍線] 曇、時々雨、行程五里、妻町、藤屋( [#「 」に「マヽ」の注記] )

因果歴然、歩きたうないが歩かなければならない、昨夜、飲み余したビールを持ち帰つてゐたので、まづそれを飲む、その勢で草鞋を穿く、昨日の自分を忘れるために、今日の糧を頂戴するために、そして妻局留置の郵便物を受取るために(酒のうまいやうに、友のたよりはなつかしい)。
妻まで五里の山路、大正十五年に一度踏んだ土である、あの時はもう二度とこの山も見ることはあるまいと思つたことであるが、命があつて縁があつてまた通るのである、途中、三名《サンミヤウ》、岩崎、平郡《ヘグリ》といふ部落町を行乞して、やつと今日の入費だけ戴いた、明日は雨らしいが、明日は明日の事、まだ/\何とかなるだけの余裕はある。
此宿はボクチンでなくてリヨカンであるが、賄も部屋も弟たり難く兄たり難しといつたところ、ただ宿の事を訊ねたのが機縁となつて、信心深い老夫妻のお世話になることになつたのである、彼等の温情はよく解る。
今夜は酒場まで出かけて新酒を一杯やつたゞけ(一合十三銭は酒がよいよりも高すぎる)、酒といへば焼酎しか飲めなかつた地方、そのイモシヨウチユウの桎梏から逃れたと思つたら、こんどは新酒の誘惑だ、早くアルコール揚棄の境地に到達しなければ嘘だ。
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 行手けふも高い山が立つてゐる
 白犬と黒犬と連れて仲のよいこと
 山の水のうまさ虫はまだ鳴いてゐる
・父が掃けば母は焚いてゐる落葉
 蔦を這はせてさりげなく生きてゐるか
 駄菓子ちよつぴりながらつ[#「つ」に「マヽ」の注記]てゐる
 あるだけの酒はよばれて別れたが
・豊年のよろこびの唄もなし
・米とするまでは手にある稲を扱ぐ
 茄子を鰯に代へてみんなでうまがつてゐる
[#ここで字下げ終わり]
留置郵便は端書、手紙、雑誌、合せて十一あつた、くりかへして読んで懐かしがつた、寸鶏頭君の文章は悲しかつた、悲しいよりも痛ましかつた、『痰壺のその顔へ吐いてやれ』といふ句や、母堂の不用意な言葉などは凄かつた、どうぞ彼が植えさせたチユーリツプの花を観て微笑することが出来るやうに。――
此宿はよい宿ではないけれど、木賃宿よりはさすがに、落ちついて静かである、殊に坊主枕はよかつた、小さい位は我慢する、あの茣蓙枕の殺風景は堪へられない。
隣室は右も左も賑やかだ、気取つた話、白粉臭い話、下らない話、――しかし私は閑寂を味うてゐる、ひとり考へひとり書いてゐる、友人へそれ/″\のたよりを書いてゐると、その人に逢つて話しかけるやうな気さへする、ひとり考へ、ひとり頷くのも面白い、屁を放《ヒ》つて可笑しくもない独り者といふ川柳があるが、その独り者は読書と思索とを知らなかつたのだらうと思ふ、――とにもかくにも一室一燈一人はありがたいことである。
夜は予期した通りの雨となつた、いかにも秋雨らしく降つてゐる、しかし明日はきつと霽れるだらう。
[#ここから2字下げ]
   ヨタ二句
・腰のいたさをたゝいてくれる手がほしい
 お経あげてゐるわがふところは秋の風
[#ここで字下げ終わり]
(まことに芭蕉翁、良寛和尚に対しては申訳がないけれど)

 十月廿日[#「十月廿日」に二重傍線] 晴、曇、雨、そして晴、妻町行乞、宿は同前。

果して霽れてゐる、風が出て時々ばら/\とやつて来たが、まあ、晴と記すべきお天気である、九時から二時まで行乞、行乞相は今日の私としては相当だつた。
新酒、新漬、ほんたうにおいしい、生きることのよろこびを恵んでくれる。
歩かない日はさみしい、飲まない日はさみしい、作らない日はさみしい、ひとりでゐることはさみしいけれど、ひとりで歩き、ひとりで飲み、ひとりで作つてゐることはさみしくない。
昨日書き落してゐたが、本庄の宿を立つ時、例の山芋掘りさんがお賽銭として弐銭出して、どうしても受取らなければ承知しないので、気の毒とは思つたけれど、ありがたく頂戴した、此弐銭はいろ/\の意味で意味ふかいものだつた。
新酒を飲み過ぎて――貨幣価値で十三銭――とう/\酔つぱらつた、こゝまで来るともうぢつとしてはゐられない、宮崎の俳友との第二回会合は明後日あたりの約束だけれど、飛び出して汽車に乗る、列車内でも※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話が二つあつた、一つはとても元気な老人の健康を祝福した事、彼も私もいゝ機嫌だつたのだ、その二は傲慢な、その癖小心な商人を叱つてやつた事。
九時近くなつて、闘牛児居を驚かす、いつものヨタ話を三時近くまで続けた、……その間には小さい観音像へ供養の読経までした、数日分の新聞も読んだ。
放談、漫談、愚談、等々は我々の安全辨だ。

 十月廿一日[#「十月廿一日」に二重傍線] 晴、日中は闘牛児居滞在、夜は紅足馬居泊、会合。

早く起きる、前庭をぶらつく、花柳菜といふ野菜が沢山作つてある、紅足馬さんがやつてくる、話がはづむ、鮎の塩焼を食べた、私には珍らしい御馳走だつた、小さいお嬢さんが馳けまはつて才智を発揮する、私達は日向の縁側で胡座。
招かれて、夕方から紅足馬居へ行く、闘牛児さんと同道、そのまゝ泊る、今夜も話がはづんだ、句評やら読経やらで夜の更けるのも知らなかつた。
闘牛児居はしづかだけれど、市井の間といふ感じがある、こゝは田園気分でおちつける、そして両友の家人みんな気のおけ
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