ボタ山もほがらかな飛行機がくる
枯草に寝て物を思ふのか
背中の夕日が物を思はせる
たゞずめばおちてきた葉
かうして土くれとなるまでの
・橋を渡つてから乞ひはじめる
鶏が来て鉢のお米をついばもうとする
いつも動いてゐる象のからだへ日がさす(サーカス所見)
口あけてゐる象には藷の一きれ( 〃 )
日向の餅が売り切れた
何か食べつゝ急いでゐる
枯草の日向で虱とらう
・乞ふことをやめて山を観る
香春見あげては虱とつてゐる
・いつまでいきる蜻蛉かよ
ボタ山の下で子のない夫婦で住んでゐる
・逢ひたいボタ山が見えだした
・法衣の草の実の払ひきれない
枯草の牛は親子づれ
ほゝけすゝきもそよいでゐる
即[#「即」に「マヽ」の注記]きすぎるすゝきの方へ歩みよる
落ちる陽のいろの香春をまとも
鳴きやまない鶏を持てあましてる
・ボタ山のまうへの月となつた
もう一度よびとめる落葉
みんなで尿する蓮枯れてゐる
夕空のアンテナをめあてにきた
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十一月卅日[#「十一月卅日」に二重傍線] 雨、歓談句作、後藤寺町、次郎居(なつかしさいつぱい)
果して雨だつた、あんなにうらゝかな日がつゞくものぢやない、主人公と源三郎さんと私と三人で一日話し合ひ笑ひ合つた、気障な言葉だけれど、恵まれた一日だつたことに間違はない。
夕方、わかれ/\になつて、私はこゝへきた、そして次郎さんのふところの中で寝せてもらつた、昨夜約束した通りに。
飲みつゞけ話しつゞけだ、坐敷へあがると、そこの大机には豆腐と春菊と密[#「密」に「マヽ」の注記]柑と煙草とが並べてあつた、酒の事はいふだけ野暮、殊に私は緑平さんからの一本を提げてきた、重かつたけれど苦にはならなかつた、飲むほどに話すほどに、二人の心は一つとなつた、酒は無論うまいが、湯豆腐はたいへんおいしかつた。
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あんな月が雨となつた音に眼ざめてゐる
ほどよい雨の冬空であります
・ボタ山のたゞしぐれてゐる
ふとんふか/″\とあんたの顔
・いくにち影つけた法衣ひつかける
ふりかへれば香春があつた
ボタ山もとう/\見えなくなつてしまつた
・冬雨の橋が長い
びつしより濡れてる草の赤さよ
・音を出てまた音の中
重いもの提げてきた冬の雨
水にそうて下ればあんたの家がある
・笠も漏りだしたか(自嘲)
おわかれの言葉いつまでも/\
炭坑町はガラ焚くことの夕暮
あの木がある家と教へられた戸をたゝく
ひとりのあんたをひとり私が冬の雨
逢うてまだ降つてゐる
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次郎さんはほんたうに真面目すぎる、あまりつきつめて考へては生きてゐられない、もつとゆつたりと人間を観たい、自然を味はひたい、などゝ忠告したが、それは私自身への苦言ではなかつたか!
十二月一日[#「十二月一日」に二重傍線] 曇、次郎居滞在、読書、句作、漫談、快飲、等々。
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朝酒したしう話しつゞけて
・落葉掃かない庭の持主である(次郎居)
・撫でゝやれば鳴いてくれる猫( 〃 )
猫はいつもの坐布団の上で
・捨炭車《スキツプ》ひとりで上下する月の捨炭《ボタ》山(改作)
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次郎さんは今日此頃たつた一人である、奥さんが子供みんな連れて、母さんのお見舞に行かれた留守宅である、私も一人だ、一人と一人とが飲みつゞけ話しつゞけたのだから愉快だ。
猫が一匹飼うてある、きい[#「きい」に傍点]といふ、駆け込み猫で、おとなしい猫だ、あまりおとなしいので低脳かと思つたら、鼠を捕ることはなか/\うまいさうな、能ある猫は爪をかくす、なるほどさうかも知れない。
十二月二日[#「十二月二日」に二重傍線] 曇、何をするでもなしに、次郎居滞在。
毎朝、朝酒だ、次郎さんの厚意をありがたく受けてゐる、次郎さんを無理に行商へ出す、私一人猫一匹、しづかなことである、夜は大根膾をこしらへて飲む、そして遅くまで話す。
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次郎居即事
朝の酒のあたゝかさが身ぬちをめぐる
ひとりでゐて濃い茶をすゝる
物思ふ膝の上で寝る猫
寝てゐる猫の年とつてゐるかな
猫も鳴いて主人の帰りを待つてゐる
人声なつかしがる猫とをり
猫もいつしよに欠伸するのか
猫もさみしうて鳴いてからだすりよせる
いつ戻つて来たか寝てゐる猫よ
その樅の木したしう見あげては
・なつかしくもきたない顔で
徹夜働らく響にさめて時雨
家賃もまだ払つてない家の客となつて
・痒いところを掻く手があつた
機械と共に働らく外なし
・機械まはれば私もまはる
・機械動かなくなり私も動かない
人は動かない機械は動いてゐる
・今夜のカルモチンが動[#「動」に「マヽ」の注記]く
・投げ出された肉体があざわらつてゐる
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寸鶏頭君、元寛君に、先日来方々から寄せ書をしたが、感情を害しやしなかつたか知ら、あまりに安易に、自己陶酔的に書き捨てゝ、先方の感情を無視してゐた、慙愧々々。
或る友に与へて、――
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私はいつまでも、また、どこまでも歩きつゞけるつもりで旅に出たが、思ひかへして、熊本の近在に文字通りの草庵を結ぶことに心を定めた、私は今、痛切に生存の矛盾、行乞の矛盾、句作の矛盾を感じてゐる、……私は今度といふ今度は、過去一切――精神的にも、物質的にも――を清算したい、いや、清算せずにはおかない、すべては過去を清算してからである、そこまでいつて、歩々到着が実現せられるのである、……自分自身で結んだ草庵ならば、あまり世間的交渉に煩はされないで、本来の愚を守ることが出来ると思ふ、……私は歩くに労[#「労」に「マヽ」の注記]れたといふよりも、生きるに労れたのではあるまいか、一歩は強く、そして一歩は弱く、前歩後歩のみだれるのをどうすることも出来ない。……
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十二月三日[#「十二月三日」に二重傍線] 晴、一日対座懇談、次郎居滞在。
今日は第四十八回目の誕生日だつた、去年は別府附近で自祝したが、今年は次郎さんが鰯を買つて酒を出して下さつた、何と有難い因縁ではないか。
次郎さんは善良な、あまりに善良な人間だ、対座して話してゐるうちに、自分の不善良が恥づかしくなる、おのづから頭が下る――次郎さんに缺けたものは才と勇だ!
ポストへ行く途上、若い鮮人によびとめられた、きちんとした洋服姿でにこついてゐる、そしておもむろに、懐中時計を買はないかといふ、馬鹿な、今頃誰がそんな詐欺手段にのせられるものか、――しかし、彼が私を認めて、いかさま時計を買ふだけの金を持つてゐたと観破したのならば有難い、同時に、さういふイカサマにかへら[#「ら」に「マヽ」の注記]る外ない男として、或は一も二もなくさういふものを買ふほどの(世間知らずの!)男と思つたのならば有難くない。
夜は無論飲む、次郎さん酔うて何も彼も打ち明ける、私は有難く聴いた、何といふ真摯だらう。
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雑巾がけしてる男の冬
鰯さいても誕生日
・侮られて寒い日だ
飛行機のうなりも寒い空
話してる間へきて猫がうづくまる
涙がこぼれさうな寒い顔で答へる
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十二月四日[#「十二月四日」に二重傍線] 晴、行程六里、汽車でも六里、笹栗町、新屋(三〇・下)
冷たいと思つたら、霜が真白だ、霜消し酒をひつかけて別れる、引き留められるまゝに次郎居四泊はなんぼなんでも長すぎた。
十一時の汽車に乗る、乗車券まで買つて貰つてほんたうにすまないと思ふ、そればかりぢやない、今日は行乞なんかしないで、のんきに歩いて泊りなさいといつて、ドヤ銭とキス代まで頂戴した、――かういふ場合、私は私自身の矛盾を考へずにはゐられない、次郎さんよ、幸福であつて下さい、あんたはどんなに幸福であつても幸福すぎることはない、それだのに実際はどうだ、次郎さんは商売の調子がよくないのである、日々の生活も豊かでないのである。
飯塚へ着いたらもう十二時近かつた、濁酒一杯の元気で八木山峠を越える、そして七曲りの紅葉谷へ下りる(笹栗新四国八十八ヶ所、第三十四番の薬師堂)、このあたりの山と水とは悪くない。
途中、村の老人連の放蕩話は面白かつた、博多柳町で、仕切一円、一円六十銭といつたやうな昔がたり、また途上の狂女は嫌だつた、若いだけ、すつかり調子外れでないだけ気味悪かつた。
此宿はよくない、お客さんは私一人だ、気儘に読んだり書いたりをすることが出来たのは勿怪の幸だつたが。
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別れの畳まで朝日さしこむ
別れともない猫がもつれる
また逢ふまでの霜をふみつゝ
霜の消えないうちに立つ
・もういちど濃いお茶飲んで別れませう
二三歩ついてきてさようなら
・ちつとも雲のない空仰ぎつゝ別れた
廃坑の霜がぬくうとけてゆく
・みんな活きてゆく音たてゝゐる
・古い墓に新らしい墓のかゞやかさ
朝日まぶしう枯山たかく
・いたづらに真昼の火が燃えてゐる
・曲つて旧道のしづけさをのぼる
耕す下を掘つてるか
・これでも生活《くらし》のお経あげてゐるのか
そこら音ある水をたづねる
秋風の石を祀つて拝んでゐる(追加)
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さみしいなあ――ひとりは好きだけれど、ひとに[#「とに」に「マヽ」の注記]なるとやつぱりさみしい、わがまゝな人間、わがまゝな私であるわい。
十二月五日[#「十二月五日」に二重傍線] 曇、時雨、行程三里、福岡市、句会、酒壺洞居。
お天気も悪いし、気分もよくないので、一路まつすぐに福岡へ急ぐ、十二時前には、すでに市役所の食堂で、酒壺洞君と対談することが出来た(市役所で、女の給仕さんが、酒壺洞君から私の事を聞かされてゐて、うろ/\する私を見つけて、さつそく酒壺洞君を連れて来てくれたのはうれしかつた)、退庁まではまだ時間があるので、後刻を約して札所めぐりをする、九州西国第三十二番は龍宮寺、第三十一番は大乗寺、どちらも札所としての努力が払つてない、もつと何とかしたらよさゝうなものだと思ふ。
夜は酒壺洞居で句会、時雨亭さん、白楊さん、青炎郎さん、鳥平さん、善七さんさ[#「さ」に「マヽ」の注記]んに逢つて愉快だつた、散会後、私だけ飲む、寝酒をやるのはよくないのだけれど。……
さすがに福岡といふ気がする、九州で都会情調があるのは福岡だけだ(関門は別として)、街も人も美しい、殊に女は! 若い女は! 街上で電車切符売が多いのも福岡の特色だ。
存在の生活[#「存在の生活」に傍点]といふことについて考へる、しなければならない、せずにはゐられないといふ境を通つて来た生活、『ある』と再認識して、あるがまゝの生活、山是山から山非山を経て山是山となつた山を生きる。……
役所のヒケのベルの音、空家の壁に張られたビラの文字、――酒呑喜べ上戸党万歳!
……たゞこの二筋につながる、肉体に酒、心に句、酒は肉体の句で、句は心の酒だ、……この境地からはなか/\出られない。……
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・ボタ山も灯つてゐる
別れる夜の水もぞんぶんに飲み
・しぐるゝ今日の山芋売れない
親一人子一人のしぐれ日和で
新道まつすぐな雨にぬれてきた
砂利を踏む旅の心
焼き捨てる煙である塵である
車、人間の臭を残して去つた
地下室を出て雨の街へ
飾窓の人形の似顔にたゝずむ
大根ぬいてきておろして下さるあんただ(次郎さんに)
・濡れてもかまはない道のまつすぐ
窓をあけた明るい顔だつた
水を挾んでビルデイングの影に影
お寺の大銀杏散るだけ散つた
・ぬれてふたりで大木を挽いてゐる
しぐるゝやラヂオの疳高い声
買ふことはない店を見てまはつてる
・窓の中のうまいもの見てゐるか
どの店も食べるものばかりひろげて
・よんでも答へない彼についてゆく
十二月の風も吹くにまかさう(寸鶏頭さんに)
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十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線] 雨、福岡見
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