る。
夕方になると里心が出て、ひとりで微苦笑する、家庭といふものは――もう止さう。
この宿の老妻君は中気で動けなくなつてゐる、その妻君に老主人がサジでお粥を食べさせてゐる、それはまことにうつくしいシーンであつた。
わづか二里か三里歩いてこんなに労れるとは私も老いたるかなだ、私は今まであまりに手足を虐待してゐなかつたか、手足をいたはれ、口ばかり可愛がるな。
わざ/\お婆さんが後を追うて来て一銭下さつた、床屋で頭を剃る、若い主人は床屋には惜しいほどの人物だつた。
焼酎屋の主人から、焼酎は少し濁つてゐるのが本当だと聞かされた、藷焼酎の臭気はなか/\とれないさうだ、その臭気の多い少いはあるが。
今日は行乞エピソードとして特種が二つあつた、その一つは文字通りに一銭を投げ与へられたことだ、その一銭を投げ与へた彼女は主婦の友の愛読者らしかつた、私は黙つてその一銭を拾つて、そこにゐた主人公に返してあげた、他の一つは或る店で女の声で、出ませんよといはれたことだ、彼女も婦人倶楽部の愛読者だつたらう。
[#ここから2字下げ]
・白髪《シラガ》剃りおとすうちに暮れてしまつた
・こゝに白髪を剃りおとして去る

前へ 次へ
全173ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング