午后は晴、鵜戸、浜田屋(三五・中)
ほんたうによう寝られた、夜が明けると眼がさめて、すぐ起きる、細い雨が降つてゐる、けふもまた濡れて歩く外ない、昨日の草鞋を穿いて出かける、途中、宮ノ浦といふ部落を行乞したが、どの家も中流程度で、富が平均してゐるやうであつた、今は養蚕と稲扱との最中であつた、三里半歩いて鵜戸へ着いたのが二時過ぎ、こゝでも二時間あまり行乞、それから鵜戸神宮へ参拝した、小山の石段を登つて下る足は重かつたが、老杉しん/\としてよかつた、たゞ民家が散在してゐるのを惜しんだ、社殿は岩窟内にある、大海の波浪がその岩壁へ押し寄せて砕ける、境地としては申分ない、古代の面影がどことなく漂うてゐるやうに感じる。
今夜はボクチンに泊ることが出来た、殊に客は私一人で二階の六畳一室に寝そべつて、電燈の明るさで、旅のたよりを書くことが出来た、寥平、緑平の二君へ、そして吉田、石次、中山の三氏へ神宮絵葉書を出したのでほつ[#「ほつ」に傍点]とした。
句はだいぶ出来た、旅で出来る句は無理に作つたのでないから、平凡でも、その中に嫌味は少ない。
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・お経あげてお米もらうて百舌鳥ないて
露草が露をふくんでさやけくも
・一りん咲けるは浜なでしこ
・鵜しきりに啼いて何を知らせる
・われとわれに声かけてまた歩き出す
・はてしない海を前にして尿する
・吠えつゝ犬が村はづれまで送つてくれた
殺した虫をしみ/″\見てゐる
腰をかける岩も私もしつとり濡れて
・けふも濡れて知らない道を行く
穴にかくれる蟹のうつくしさよ
・だるい足を撫でては今日をかへりみる
暗さおしよせる波がしら
交んだ虫で殺された
霽れてはつきりつく/\ぼうし
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此附近の風景は土佐海岸によく似てゐる、たゞ石質が異る、土佐では巨巌が立つたり横は[#「横は」に「マヽ」の注記]つたりしてゐるが、こゝではまるで平石を敷いたやうな岩床である、しかしおしよせ、おしよせて、さつと砕け散る波のとゞろきはどちらも壮快である、絶景であることには誰も異論はなからう。
現在の私には、海の動揺は堪へられないものである、なるたけ早く山路へはいつてゆかう。
私の行乞[#「私の行乞」に傍点]のあさましさを感じた、感ぜざるをえなかつた、それは今日、宮ノ浦で米一升五合あまり金十銭ばかり戴いたので、それだけでもう今日泊つて食べるには十分である、それだのに私はさらに鵜戸を行乞して米と銭を戴いた、それは酒が飲みたいからである、煙草が吸ひたいからである、報謝がそのまゝアルコールとなりニコチンとなることは何とあさましいではないか!
とにもかくにも、どうしても私は此旅で酒を揚棄しなければならない、酒は飲んでも飲まなくてもいゝ境界へまで達しなければならない、飲まずにはゐられない気分が悪いやうに、飲んではならないといふ心持もよくないと思ふ、好きな酒をやめるには及ばない、酒そのものを味ふがよい、陶然として歩を運び悠然として山を観るのである。
岩に波が、波が岩にもつれてゐる、それをぢつと観てゐると、岩と波とが闘つてゐるやうにもあるし、また、戯れてゐるやうにもある、しかしそれは人間がさう観るので、岩は無心、波も無心、非心非仏、即心即仏である。
猫が鳴きよる、子供が呼びかける、犬がぢやれる、虫が飛びつく、草の実がくつつく、――そしてその反対の場合はどうだらう、――犬に吠えられる、子供に悪口雑言される、猫が驚ろいて逃げる、家の人は隠れる、等、等、等。
袈裟の功徳と技巧! 何といふ皮肉な語句だらう、私は恥ぢる、悔ゐる、願はくは、恥のない、悔のない生活に入りたい、行うて悔ゐず、そこに人生の真諦があるのではあるまいか。
同宿の或る老人が話したのだが(実際、彼の作だか何だか解らないけれど)、
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一日に鬼と仏に逢ひにけり
仏山にも鬼は住みけり
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鬼が出るか蛇が出るか、何にも出やしない、何が出たつてかまはない、かの老人の健康を祈る。
鵜戸神宮では自然石の石だゝみのそばに咲いてゐた薊の花がふかい印象を私の心に刻んだ、今頃、薊は咲くものぢやあるまい、その花は薄紅の小さい姿で、いかにも寂しさうだつた、そして石段を登りつくさうとしたところに、名物『お乳飴』を売つてゐる女子供の群のかしましいには驚かされた、まさかお乳飴を売るからでもあるまいが、まるで、乳房をせがむ子供のやうだつた、残念なことにはその一袋を買はなかつたことだ。
宿の後方の横手《ヨコテ》に老松が一本蟠つてゐる、たしかに三百年以上の樹齢だらう、これを見るだけでも木賃料三十五銭の値打はあるかも知れない、いはんや、その下へは太平洋の波がどう/\とおしよせてゐる、その上になほ、お隣のラヂオは、いや蓄音機は青柳をうたつてゐ
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