かへるふるさとの山の濃き薄き
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 十二月廿二日[#「十二月廿二日」に二重傍線] 曇、晴、曇、小雪、行程五里、本妙寺屋。

一歩々々がルンペンの悲哀だつた、一念々々が生存の憂欝だつた、熊本から川尻へ、川尻からまた熊本へ、逓信局から街はづれへ、街はづれから街中へ、そして元寛居であたゝかいものをよばれながらあたゝかい話をする、私のパンフレツト三八九、私の庵の三八九舎もだん/\具体化してきた、元坊の深切、和尚さんの深切に感謝する、義庵老師が最初の申込者だつた!
寒くなつた、冬らしいお天気となつた、風、雪、そして貧!

 十二月廿三日[#「十二月廿三日」に二重傍線] 曇、晴、熊本をさまよふてSの家で、仮寝の枕!

けふも歩きまはつた、寝床、寝床、よき睡眠の前によき寝床がなければならない、歩いても/\探しても/\寝床が見つからない、夕方、茂森さんを訪ねたら出張で不在、詮方なしに、苦しまぎれに、すまないと思ひながらSの家で泊る。

 十二月廿四日[#「十二月廿四日」に二重傍線] 雨、彷徨何里、今夜もSの厄介、不幸な幸福か。

また清水村へ出かけてA家を訪問する、森の家を借りるために、――なか/\埓があかない、ブルヂヨアぶりも気にくはない、パンフレツトをだすのに不便でもある、――すつかり嫌になつて方々を探しまはる、九品寺に一室あつたけれど、とてもおちつけさうにない、それからまた方々を探しまはつて、もう諦めて歩いてゐると、春竹の植木畠の横丁で、貸二階の貼札を見つけた、間も悪くないし、貸主も悪くないので、さつそく移つてくることにきめた、といつて一文もない、緑平さんの厚情にあまえる外ない。

 十二月廿五日[#「十二月廿五日」に二重傍線] 晴、引越か家移か、とにかくこゝへ、春竹へ。

緑平さんの、元寛さんの好意によつて、Sのところからこゝへ移つて来ることが出来た。……
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 大地あたゝかに草枯れてゐる
・日を浴びつゝこれからの仕事考へる
   追加一句
 歩きつかれて枯草のうへでたより書く
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だん/\私も私らしくなつた、私も私の生活らしく生活するやうになつた、人間のしたしさよさを感じないではゐられない、私はなぜこんなによい友達を持つてゐるのだらうか。

 十二月廿六日[#「十二月廿六日」に二重傍線] 晴、しづかな時間が流れる、独居自炊、いゝね。

寒い、寒い、忙しい、忙しい――我不関焉!
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枯草原のそここゝの男と女
葬式はじまるまでの勝負を争ふ
枯草の夕日となつてみんな帰つた
明日を約して枯草の中
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これらの句は二三日来の偽らない実景だ、実景に価値なし、実情に価値あり、プロでもブルでも。
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 やつと見つけた寝床の夢も
・餅搗く声ばかり聞かされてゐる
・いつも尿する草の枯れてゐる
・重たいドアあけて誰もゐない
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 十二月廿七日[#「十二月廿七日」に二重傍線] 晴、もつたいないほどの安息所だ、この部屋は。

ハガキ四十枚、封書六つ、それを書くだけで、昨日と今日とが過ぎてしまつた、それでよいのか、許していたゞきませう。
……やうやく、おかげで、自分自身の寝床をこしらへることができました、行乞はウソ、ルンペンはだめ、……などとも書いた。
前後植木畠、葉ぼたんがうつくしい、この部屋には私の外に誰だかゐるやうな気がする、ゐてもらひたいのではありませんかよ。
数日来、あんまり歩いたので(草鞋を穿いて歩くのには屈托しないが、下駄、殊に足駄穿きには降参降参)、足が腫れて、足袋のコハゼがはまらないやうになつた、しかし、それもぢきよくなるだらう。
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・師走のポストぶつ倒れゐた[#「ゐた」に「マヽ」の注記]
 自分の家を行きすぎてゐたのか
 タドンあたゝかく待つてゐてくれた
 夜ふけてさみしい夫婦喧嘩だ
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附記、昨日Iさんを訪ねたが会へなかつた(先日も訪ねたが、さうだつた)、多分居留守をつかつてゐるらしい、Iさんは私と彼女との間を調停してくれた人、私がこんなになつたから腹を立てゝ愛想をつかして、面会謝絶と出たのかも知れない、子供は正直だから取次に出た子供の様子で、そんなやうに感じた、――とにもかくにも、それでは、Iさんはあまりに一本気だ、人間を知らない、――私はIさんのために、居留守が私の僻みであることを祈る、Iさんだつて俗物だ、俗物中の最も悪い俗物だ、プチブル意識の外には何物も持つてゐない存在物だから。



底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際
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