にはもう人がはいつてゐた、そこからまた高橋へゆく、適当な家はなかつた、またひきかへして寥平さんを訪ねる、後刻を約して、さらに稀也さんを訪ねる、妙な風体を奥さんや坊ちやんやお嬢さんに笑はれながら、御馳走になる、いゝ気持になつて(お布施一封までいたゞいて)、寥平さんを訪ねる、二人が逢へば、いつもの形式で、ブルジヨア気分になりきつて、酒、酒、女、女、悪魔が踊り菩薩が歌ふ、……寝た時は仏だつたが、起きた時は鬼だつた、ぢつとしてはゐられないので池上附近を歩いて見る、気に入つた場所だつた、空想の草庵を結んだ。……
今日も一句も出来なかつた、かういふあはたゞしい日に一句でも生れたら嘘だ、ちつとも早くおちつかなければならない。
自分の部屋が欲しい、自分の寝床だけは持たずにはゐられない、――これは私の本音だ。

 十二月十八日[#「十二月十八日」に二重傍線] 雨、后、晴、行程不明、本妙寺屋(悪いね)

終日歩いた、たゞ歩いた、雨の中を泥土の中を歩きつゞけた、歩かずにはゐられないのだ、ぢつとしてゐては死ぬる外ないのだ。
朝、逓信局を訪ねる、夜は元寛居を訪ねる、煙草からお茶、お酒、御飯までいたゞく、私もいよ/\乞食坊主になりきれるらしい、喜んでいゝか、悲しの[#「しの」に「マヽ」の注記]か、どうでもよろしい、なるやうになれ、なりきれ、なりきれ、なりきつてしまへ。

 十二月十九日[#「十二月十九日」に二重傍線] 晴、行程二里、川尻町、砥用屋(四〇・中)

まつたく一文なしだ、それでもおちついたもので、ゆう/\と西へ向ふ、三時間ばかり川尻町行乞、久しぶりの行乞だ、むしやくしやするけれど、宿銭と飯代とが出来るまで、やつと辛抱した。
宿について、湯に入つて、ほつとする、行乞は嫌だ、流浪も嫌だ、嫌なことをしなければならないから、なほ/\嫌だ。
安宿といふものは面白いところだ、按摩さん、ナフタリン売、土方のワタリ、へぼ画家、お遍路さん、坊主、鮮人、等、等、そして彼等の話の、何とみじめで、そして興ふかいことよ。

 十二月二十日[#「十二月二十日」に二重傍線] 雨、曇、晴、行程四里、本妙寺屋(可、不可、四〇・下、上)

雨に間違いない空模様である、気の強い按摩さん兼遊芸人さんは何のこだはりもなく早く起きて出ていつた、腰を痛めてゐる日本的鮮人は相かはらず唸つてゐる、――間もなく降りだした、私は荷物をあづけて、雨支度をして出かけた、川尻――春竹――砂取――新屋敷――休みなしに歩いたが、私にふさはしい部屋も家もなか/\見つからない、夕方、逓信局に馬酔木さんを訪ね、同道してお宅で晩餐の御馳走になる、忙しい奥さんがこれだけの御馳走をして下さつたこと、馬酔木さんが酒好きの私の心持を察して飲まして下さつたこと、そして舅さんが何かと深切に話しかけて下さつたこと、ありがたい、/\、そしてまた同道して元寛居へ推参する、雑談にも倦んでそれ/″\の寝床へいそぐ、おちつけない一日々々である、あはたゞしい一日々々である、よき食慾とよき睡眠、そしてよき食物とよき寝床。
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・今夜の寝床を求むべくぬかるみ
 与へられた寝床の虱がうごめく
・降つたり照つたり死場所をさがす
 狂人《キチガイ》が銭を数へてるま夜中の音
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嫌な夢から覚めたら嫌な声がするので、何ともいへない気分になつた、嫌な一夜、それはおちつかない一日の正しい所産だ。

 十二月廿一日[#「十二月廿一日」に二重傍線] 晴后曇、行程五里、熊本市。

昨夜、馬酔木居で教へられた貸家を見分すべく、十時、約束通り加藤社で雑誌を読みながら待つてゐたら、例のスタイルで元寛さんがやつてきた(馬酔木さんはおくれて逢へなかつたので残念)、連れ立つて出町はづれの若い産婆さん立石嬢を訪ね、案内されて住む人もなく荒れるにまかした農家作りの貸家へ行く、とても住めさうにない、広すぎる、暗すぎる――その隣家の一室に間借して独占してゐる五高生に同宿を申込んで家主に交渉して貰ふ、とても今日の事にはな[#「はな」に「マヽ」の注記]い、数日後を約して、私は川尻へ急行する、途中一杯二杯三杯、宿で御飯を食べて寝床まで敷いたが、とても睡れさうもないし、引越の時の事もあるので、電車でまた熊本へ舞ひ戻る、そして彼女を驚かした、彼女もさすがに――私は私の思惑によつて、今日まで逢はなかつたが――なつかしさうに、同時に用心ぶかく、いろ/\の事を話した、私も労れと酔ひとのために、とう/\そこへ寝込んでしまつた、たゞ寝込んでしまつたゞけだけれど、見つともないことだつた、少くとも私としては恥ざらしだつた。
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 枯草ふんで女近づいてくる
 枯草あたゝかう幸福な二人で(元寛君へ)
・住みなれて枯野枯山
・道はでこぼこの明暗
・ふり
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