鰒食べつゝ話が尽きない( 〃 )
□
・濡れて寒い顔と顔がしづくしてゐる
バクチにまけてきて相撲見の金を借り出さうとしてゐる
時化でみづから吹いて慰む虚無僧さん
・空も人も時化ける
冬空のふる郷へちかづいてひきかへす
追うても逃げない虫が寒い
[#ここで字下げ終わり]
十一月廿二日[#「十一月廿二日」に二重傍線] 晴曇定めなし、時々雨、一流街行乞、宿は同じ事。
お天気は昨日からの――正確にいへば一昨日からの――つゞき、降つたり晴れたりだ、十時近くなつて、どうやら大して降りさうもないので出かける、こんな日は、ひとり火鉢をかゝへて、読書と思索とに沈潜したいのだけれど、それはとうてい許されない。
草鞋ではとてもやりきれないので、昨日も今日も地下足袋を穿いたが、感じの悪い事おびたゞしい。
二時過ぎまで行乞、キス一杯の余裕あるだけはいたゞいて、地橙孫さんを訪ねる、不在、奥さんに逢つて(女中さん怪訝な顔付で呼びにいつた)ちよつと挨拶する、白状すれば、昨春御馳走のなりつぱなしになつてゐるし、そのうへ少し借りたのもそのまゝになつてゐる、逢うて話したいし、逢へばきまりが悪いし、といつてこゝへ来て黙つてゐることは私の心情が許さないし、とにもかくにも地橙孫さんは尊敬すべき紳士である、私は俳人としてゞなく、人間として親しみを感じてゐるのである。
宿に戻つて、すぐ入浴、そして一杯、それはシヨウチユウ一杯とドブ一杯とのカクテルだ、飲まずにはゐられないアルコール(酒とはいはない)、何とみじめな、そして何とうまいことだろう!
下関は好きだけれど、煤烟と騒音とには閉口する、狭くるしい街を人が通る、自動車が通る、荷馬車が通る、オートバイが通る、自転車が通る、……その間を縫うて、あちらこちらと行乞するのはほんたうに嫌になります。
生きてゐることのうれしさとくるしさとを毎日感じる、同時に人間といふものゝよさとわるさとを感ぜずにはゐられない、――それがルンペン生活の特権とでもいはうか、それはそれとして明日は句会だ、どうかお天気であつてほしい、好悪愛憎、我他彼此のない気分になりたい。
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改作二句(源三郎居即事)
・吠えて親しい小犬であつた
・まづ朝日一本いたゞいて喫ひこむ
□
・旅はきらくな起きるより唄
・雨をよけてゐるラヂオがきこえる
ハジカレたが菊の見事さよ(ハジカレは術語、御免の意味)
お経とゞかないヂヤズの騒音(或は又、ヂヤズとお経とこんがらがつて)
風の中声はりあげて南無観世音菩薩
・これでもお土産の林檎二つです
火が何よりの御馳走の旅となつた
改
紅葉山へ腹いつぱいのこ[#「こ」に「マヽ」の注記]し
・藪で赤いは烏瓜
坐るよりよい石塔を見た
・ならんで尿する空が暗い
また逢ふまでの山茶花を数へる
・土蔵そのそばの柚の実も(福沢旧邸)
[#ここで字下げ終わり]
十一月廿三日[#「十一月廿三日」に二重傍線] 曇、時雨、下関市、地橙孫居。
相変らずの天候である、朝の関門海峡を渡る、時雨に濡れて近代風景を観賞する、舳の尖端に立つて法衣を寒風に任した次第である、多少のモダーン味がないこともあるまい。
門司風景を点綴するには朝鮮服の朝鮮人の悠然たる姿を添へなければならない、西洋人のすつきりした姿乃至どつしりした姿も、――そして下関駅頭の屋台店(飲食店に限る)、門司海岸の果実売子を忘れてはならない。
約束通り十時前に源三郎居を訪ふたが、同人に差閊が多くて、主客二人では句会にならないで[#「いで」に「マヽ」の注記]、けつくそれをよい事にして山へ登る、源三郎さんはりゆうとした現代紳士型の洋装、私は地下足袋で頬かむりの珍妙姿、さぞ山の神――字義通りの――もおかしがつたであらう。
下関から眺めた門司の山々はよかつたが、近づいて見て、登つて観て、一層よかつた、門司には過ぎたるものだ。
『当然』に生きるのが本当の生活だらうけれど、私はたゞ『必然』に生きてゐる、少くとも此二筋の『句』に於ては、『酒』に於ては!
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・燃えてしまつたそのまゝの灰となつてゐる
風の夜の戸をたゝく音がある
風の音もふけてゐる散財か
更けてバクチうつ声
あすはあへるぞトタン屋根の雨
・しんみりぬれて人も馬も
夢がやぶれたトタンうつ雨
・きちがい日和の街をさまよふのだ
・ま夜中の虱を這はせる
あの汽車もふる郷の方へ音たかく
地図一枚捨てゝ心かろく去る
□
すこし揺れる船のひとり
きたない船が濃い煙吐いて
しぐるゝ街のみんなあたゝかう着てゐる
しぐるゝや西洋人がうまさうに林檎かじつてゐる
あんな船の大きな汽笛だつた
しぐれてる浮標《ブイ》が赤いな
□
風が強い大岩小岩
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