た、観賞記は別に『秋ところ/″\』の一部として書くつもり――三里下つて、柿坂へついたのが一時半、次の耶馬渓駅へ出て汽車に乗る、一路昧々居へ、一年ぶりの対面、いつもかはらない温情、よく飲んでよく話した、極楽気分で寝てしまつた。……
[#ここから2字下げ]
霜をふんであんな[#「な」に「マヽ」の注記]の方へ
・山を観るけふいちにちは笠をかぶらず
・山の鴉のなきかはす間を下る
・小鳥ないてくれてもう一服
その木は枯れてゐる蔦紅葉
もう逢へまい顔と顔とでほゝゑむ
山の紅葉へ胸いつぱいの声
けふのべんたうは岩のうへにて
・藪で赤いのが烏瓜
・岩にかいてあるはへのへのもへじ
・寝酒したしくおいてありました(昧々居)
・また逢へた山茶花も咲いてゐる(昧々居)
・蒲団長く夜も長く寝せていたゞいて( 〃 )
[#ここで字下げ終わり]
十一月十六日[#「十一月十六日」に二重傍線] 曇、句会、今夜も昧々居の厄介になつた。
しぐれ日和である(去年もさうだつた)、去年の印象を新らたにする庭の樹々――山茶花も咲いてゐる、八ツ手も咲いてゐる、津波蕗もサルピヤも、そして柿が二つ三つ残んの実を持つたまゝ枯枝をのばしてゐる。
朝酒、何といふうまさだらう、いゝ機嫌で、昧々さんをひつぱりだして散歩する、そして宇平居へおしかけて昼酒、また散歩、塩風呂にはいり二丘居を訪ね、筑紫亭でみつぐり会の句会、フグチリでさん/″\飲んで饒舌つた、句会は遠慮のない親しみふかいものだつた。
[#ここから2字下げ]
晴れてくれさうな八ツ手の花
・朝、万年青の赤さがあつた
しぐるゝや供養されてゐる
・土蔵そのそばの柚の実も(福沢先生旧邸)
・すゝき一株も植ゑてある( 〃 )
座るよりよい石塔を見つけた(宇平居)
これが河豚かと食べてゐる(筑紫亭句会)
・河豚鍋食べつくして別れた( 〃 )
・ならんで尿する空が暗い
世渡りが下手くそな菊が咲きだした(闘牛児からの来信に答へて)
芙蓉実となつたあなたをおもふ( 〃 )
[#ここで字下げ終わり]
枕許に、水といつしよに酒がおいてあるには恐縮した、有難いよりも勿躰なかつた(昧々さんの人柄を語るに最もふさはしい事実だ)。
[#ここから4字下げ]
春風秋雨 花開草枯
自性自愚 歩々仏土
[#ここから3字下げ]
メイ僧のメンかぶらうとあせるよりも
ホイトウ坊主がホントウなるらん
[#ここから4字下げ]
酔来枕石 谿声不蔵
酒中酒尽 無我無仏
[#ここから2字下げ]
見たまゝ、
聞いたまゝ、
感じたまゝの、
[#ここから13字下げ]
野衲、
[#ここから16字下げ]
山頭火
[#ここで字下げ終わり]
十一月十七日[#「十一月十七日」に二重傍線] 晴、行程一里、宇ノ島、太田屋(三〇・中ノ上)
朝酒は勿躰ないと思つたけれど、見た以上は飲まずにはゐられない私である、ほろ/\酔うてお暇する、いつまたあはれるか、それはわからない、けふこゝで顔と顔とを合せてる――人生はこれだけだ、これだけでよろしい、これだけ以上になつては困る。……
情のこもつた別れの言葉をあとにして、すた/\歩く、とても行乞なんか出来るものぢやない、一里歩いて宇ノ島、教へられてゐた宿へ泊る、何しろ淋しくてならないので濁酒を二三杯ひつかける、そして休んだ、かういふ場合には酔うて寝る外ないのだから。
此宿はよろしい、木賃宿は一般によくなつたが、そして客種もよくなつたが、三十銭でこれだけの待遇をうけると、何となくすまないやうな気もする、しかも木賃宿は、それが客の多い宿ならば、みんな儲けだしてゐる。
友人からのたより――昧々居で受け取つたもの――をまた、くりかへしくりかへし読んだ、そして人間、友、心といふものにうたれた。
同宿七人、同室はおへんろさんとおゑびすさん、前者はおだやかな、しんせつな老人だつたが、後者は無智な、我儘な中年者だつた、でも話してゐるうちに、私といふものを多少解つてくれたやうだつた。
[#ここから2字下げ]
・別れて来た道がまつすぐ
酔うて急いで山国川を渡る
・つきあたつてまがれば風
・別れきてさみしい濁酒《ドブ》があつた
タダの湯へつかれた足を伸ばす
[#ここで字下げ終わり]
十一月十八日[#「十一月十八日」に二重傍線] 曇、宇ノ島八屋行乞、宿は同前、いゝ宿である。
行乞したくないけれど九時から三時まで行乞、おいしい濁酒を飲んで、あたゝかい湯に入る、そして寝る、どうしても孤独の行乞者に戻りきれないので閉口々々。
十一月十九日[#「十一月十九日」に二重傍線] 晴、行程三里、門司、源三郎居、よすぎる。
嫌々行乞して椎田まで、もう我慢出来ないし、門司までの汽車賃だけはあるので大里まで飛ぶ、そこから広石町を
前へ
次へ
全44ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング