そのおべんたうをかみしめてあなたがたのこと
 いたゞいたハガキにこま/″\書いておくる
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 十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線] 曇、雨、佐土原町行乞、宿は同前。

あぶないお天気だけれど出かける、途中まで例の尺八老と同行、彼はグレさんのモデルみたいな人だ、お人好しで、怠け者で、酒好きで、貧乏で、ちよい/\宿に迷惑もかけるらしい。
降りだしたので正味二時間位しか行乞出来なかつた、やつと宿銭と飯米とを貰つて帰つてきた、一杯ひつかけたのと尺八老に一杯あげたのとだけは食ひ込みだ、煙草は貰つてきた朝日とバツト、それも一本づつ同宿者におせつたいした。
行乞中、不快事が一つ、快心事が一つ、或る相当な呉服店の主人の非人情的態度と草鞋を下さつたお内儀さんの温情とである(草鞋は此地方に稀なので殊に有難かつた)。
シヨウチユウと復縁したおかげで、朝までぐつすりと寝た、金もなく心配もなしに。
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めくらの爺さんで唄うたうてゐる
穿いて下さいといふ草鞋を穿いて
笠に巣喰うてゐる小蜘蛛なれば
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まだ孤独気分にかへれない、家庭気分を嗅いだ後はこれだから困る、一人になりきれ、一人になりきれ。

 十月廿四日[#「十月廿四日」に二重傍線] 雨、滞在、休養、宿は勿論同前(上)

雨、風まで吹く、同宿者七人、みんな文なしだから空を仰いで嘆息してゐる、しかし元来のんき人種だから、火もない火鉢を囲んで四方八方の話に笑ひ興じる(たゞし例の釣好きのお遍路さんはお札くばりの爺さんから餌代五銭出して貰つて出かけた、そして沙魚三十尾ばかりの獲物を提げて得々として帰つて来た、私もその一二尾の御馳走になつた)。
長い退屈な一日だつた、無駄話は面白いけれど、それも続けると倦いてくる、――ヤキ宿で死んでいつた人の話はみんなをしんみりさせた、そしてめい/\の臨終の有様を心に描かせら[#「せら」に「マヽ」の注記]しい、鯉を盗んで、それをその所有者に食べさせた話はみんなを腹から笑はせた、旅籠に泊つて金が足らないでびく/\した話、雨に濡れながら門附けした話、テキヤとヘンロとの合同金儲けの話などもとりどりに興味ふかく聞くことが出来た。
晩酌には、同病相憐むといつた風で、尺八老に一杯おせつたいした、彼の笑顔は焼酎一合のお礼としては勿躰ないほどよかつた。
明日は晴
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