れる、晴れてくれ、晴れなければ困るといふ気分で、みんな早くから寝た、私だつて明日も降つたら、宿銭はオンリヨウだ(オンリヨウとはマイナスの隠語である)。

 十月廿五日[#「十月廿五日」に二重傍線] 晴曇、行程三里、高鍋町、川崎屋(三五・中上)

晴れたり曇つたり、かはりやすい秋空だつた、七時過ぎ出発する、二日二夜を共にした七人に再会と幸福を祈りつゝ、別れ/\になつてゆく。
私はひとり北へ、途中行乞しつゝ高鍋まで、一時過ぎに着く、二時間ばかり行乞、此宿をたづねて厄介になる、聞いた通りに、気安い、気持よい宿である。
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山風澄みわたる笠をぬぐ
蓮の葉に雨の音ある旅の夕ぐれ
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今日は酒を慎しんだ、酒は飲むだけ不幸で、飲まないだけ幸福だ、一合の幸福は兎角一升の不幸となりがちだ。
今夜は相客がたつた一人、それもおとなしい爺さんで、隣室へひつこんでしまつたので、一室一人、一燈を分けあつて読む、そして宿のおばあさんがとても人柄で、坊主枕の安らかさもうれしかつた。
世間師がいふ晩の極楽飯、朝の地獄飯は面白い、晩はゆつくり食べたり飲んだり話したりして寝る楽しみに恵まれてるが、朝はいそがしく食べて嫌がられる労働をくりかへさなければならないのである、いね/\と人にいはれつ年の暮(路通)のみじめさを毎日味ははなければならないのである。
修行者の集つたところでは、その話題はいつもきまつてゐる、曰く宿のよしあし、手の内のよしあし、そしてお天気のよしあし、また世間師の享楽もきまつてゐる、寝る事と食べる事、少し甲斐性のあるのが、飲む事、景気のいゝのが、買ふ事打つ事。

 十月廿六日[#「十月廿六日」に二重傍線] 晴、行程四里、都濃町、さつま屋(三〇・中上)

ほんとうに秋空一碧だ、万物のうつくしさはどうだ、秋、秋、秋のよさが身心に徹する。
八時から十一時まで高鍋町本通り行乞、そして行乞しながら歩く、今日の道は松並木つゞき、見遙かす山なみもよかつた、四時過ぎて都濃町の此宿に草鞋をぬぐ、教へられた屋号は「かごしまや」だつたが、招牌には「さつまや」とあつた、隣は湯屋、前は酒屋、その湯にはいつて、その酒屋へ寄つて新聞を読ませて貰つた。
此宿もわるくない(昨日の宿は五銭高い以上のものがあつたが)、掃除の行き届いてゐるのが何よりも気持がよい、軒先きを流れる小川の音が
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