みほして去る
子供ら仲よく遊んでゐる墓の中
大|魚籃《ビク》ひきあげられて秋雨のふる
墓が家がごみ/″\と住んでゐる
すげない女は大きく孕んでゐた
その音は山ひそかなる砂ふりしく
けふのつれは四国の人だつた
暮れの鐘が鳴る足が動かなくなつた
[#ここで字下げ終わり]

 十月四日[#「十月四日」に二重傍線] 曇、飫肥町行乞、宿は同前。

長い一筋街を根気よく歩きつゞけた、かなり労れたので、最後の一軒の飲食店で、刺身一皿、焼酎二杯の自供養をした、これでいよ/\生臭坊主になりきつた。
この地方には草鞋がないので困つた、詮方なしに草履にした、草鞋といふものは無論時代おくれで、地下足袋にすつかり征服されてしまつたけれど、此頃はまた多少復活しつゝある、田舎よりも却つて市街で売つてゐる。
此宿の老爺は偏屈者だけれど、井戸水は素直だ、夜中二度も腹いつぱい飲んだ、蒲団短かく、夜は長く、腹いつぱい水飲んで来て寝ると前に書いたこともあつたが。
昨日から道連れになつて同宿したお遍路さんは面白い人だ、酒が好きで魚が好きで、無論女好きだ、夜流し専門、口先きがうまくて手足がかろい、誰にも好かれる、女には無論好かれる。
夕方になると里心が出て、ひとりで微苦笑する、家庭といふものは――もう止さう。
この宿の老妻君は中気で動けなくなつてゐる、その妻君に老主人がサジでお粥を食べさせてゐる、それはまことにうつくしいシーンであつた。
わづか二里か三里歩いてこんなに労れるとは私も老いたるかなだ、私は今まであまりに手足を虐待してゐなかつたか、手足をいたはれ、口ばかり可愛がるな。
わざ/\お婆さんが後を追うて来て一銭下さつた、床屋で頭を剃る、若い主人は床屋には惜しいほどの人物だつた。
焼酎屋の主人から、焼酎は少し濁つてゐるのが本当だと聞かされた、藷焼酎の臭気はなか/\とれないさうだ、その臭気の多い少いはあるが。
今日は行乞エピソードとして特種が二つあつた、その一つは文字通りに一銭を投げ与へられたことだ、その一銭を投げ与へた彼女は主婦の友の愛読者らしかつた、私は黙つてその一銭を拾つて、そこにゐた主人公に返してあげた、他の一つは或る店で女の声で、出ませんよといはれたことだ、彼女も婦人倶楽部の愛読者だつたらう。
[#ここから2字下げ]
・白髪《シラガ》剃りおとすうちに暮れてしまつた
・こゝに白髪を剃りおとして去る

前へ 次へ
全87ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング