はかなさを感じたことはない。
[#ここから2字下げ]
ひとりきいてゐてきつつき
[#ここで字下げ終わり]
 思案にあまって、山路をさまようて、聞くともなく、そして見るともなく、啄木鳥に出逢ったのであった。
 私は殆んど捨鉢な気分にさえ堕在していた。憂鬱な暑苦しい日夜であった。私はどうにかせずにはいられないところまでいっていたのである。
 だが、私はこんなに未練ぶかい男ではなかった筈だ。むろん人間としての執着は捨て得ないけれど、これほど執着するだけの理由がどこにあるか。何事も因縁時節である、因縁が熟さなければ、時節が到来しなければ何事も実現するものではない。なるようになれではいけないが、なるようにしかならない世の中である。行雲流水の身の上だ、私は雲のように物事にこだわらないで、流れに随って行動しなければならない。
 去ろう、去ろう、川棚を去ろう。さらば川棚よ、たいへんお世話になった。私は一生涯川棚を忘れないであろう。川棚よ、さらば。
[#ここから2字下げ]
けふはおわかれの糸瓜がぶらり
[#ここで字下げ終わり]

 私の心は明るいとはいえないまでも重くはなかった。私の行手には小郡があった、そこには樹明兄がいる。そのさきには敬治兄がいる。その近くのA村は水が清くて山がしずかだった。それを私ははっきりと記憶している。

『もし川棚の方がいけないようでしたら、ここにも庵居するに似合な家がないでもありませんよ。』此夏二度目に樹明兄を訪ねてきた時、兄が洩らした会話の一節だった。私はその時はまだ川棚に執着していたので、その深切だけを頂戴した。それが今はその深切の実を頂戴すべく、ひょうぜんとしてやってきたのである。
 或る家の裏座敷に取り敢えず落ちついた。鍋、釜、俎板、庖丁、米、炭、等々と自炊の道具が備えられた。
 二人でその家を見分に出かけた。山手の里を辿って、その奥の森の傍、夏草が茂りたいだけ茂った中に、草葺の小家があった。久しく風雨に任せてあったので、屋根は漏り壁は落ちていても、そこには私をひきつける何物かがあった。
 私はすっかり気に入った。一日も早く移って来たい希望を述べた。樹明兄は喜んで万事の交渉に当ってくれた。
 屋根が葺きかえられる。便所が改築される(というのは、独身者は老衰の場合を予想しておかなければならないから)。畳を敷いて障子を張る。――樹明兄、冬村兄の活動振
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング