ぶんあなたの前身は武士でしょう」
「いかにもお察しの通り」と囘龍は答えた。「剃髪の前は、久しく弓矢取る身分であったが、その頃は人間も悪魔も恐れませんでした。当時は九州磯貝平太左衞門武連と名のっていましたが、その名を御記憶の方もあるいはございましょう」
その名前を名のられて、感嘆のささやきが、その法廷に満ちた。その名を覚えている人が多数居合せたからであった。それからこれまでの裁判官達は、たちまち友人となって、兄弟のような親切をつくして感嘆を表わそうとした。恭しく国守の屋敷まで護衛して行った。そこでさまざまの歓待饗応をうけ、褒賞を賜わった後、ようやく退出を許された。面目身に余った囘龍が諏訪を出た時は、このはかない娑婆世界でこの僧ほど、幸福な僧はないと思われた。首はやはり携えて行った――みやげにすると戯れながら。
さて、首はその後どうなったか、その話だけ残っている。
諏訪を出て一両日のあと、囘龍は淋しい処で一人の盗賊に止められて、衣類を脱ぐ事を命ぜられた。囘龍は直ちに衣《ころも》を脱して盗賊に渡した。盗賊はその時、始めて袖にかかっているものに気がついた。さすがの追剥ぎも驚いて、衣《こ
前へ
次へ
全16ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田部 隆次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング