それに、まださう大して年をとつてゐないね?」
「いくつくらゐだらう?」
「さうさな、二十七八といふところだらうね? 娘が十一二だから、丁度その位ゐだよ。支那の女は十五六になると結婚するからね?」
「丁度いゝうば桜といふところだね?」
後からも口をはさんで笑つた。
「娘をつれて、里にでも行つた帰りといふ形だね。あの風呂敷包みには、いろ/\おみやげが入つてゐるんだよ」
不思議にもその今までの不安を忘れたといふやうにして、みんなはこんなことを言つて笑つた。平生なら何でもなかつたであらうけれども、また都会の真ん中であつたなら、こんなことは問題にもならなかつたであらうけれど、皆なホテルの二人寝の床の上にひとり長いこと寝て来てゐるやうな連中なので、さうした異種族の女にすら一種のあこがれ[#「あこがれ」に傍点]を感ぜずにはゐられなかつたのであつた。
「それでも、かうしてこんな山の中をひとりで歩くのは、大胆だね?」
「本当だね」
「矢張、馴れた土地だから平気なんだな?」
「でも、野郎がひとりだつたら、娘が一人ぐらゐくつついてゐたつて、何をやるかわかりやしないね?」
「さうかな――そんなもんかな」
それはさうした言葉はわからなかつたにしても、その話しの調子に、その笑ひ声に、わるく問題にしてゐるやうな気配に、それとなく母子は圧されたといふやうにして、その路傍の草の中に立どまつて了つた、一行の通り過ぎて行くのを待つてゐるといふやうに。
一行はすれ違つて先になつたにはなつたけれども、峠までは一緒に行つてもらひたいと思つてゐるので、その母子づれのあとからつゞいてやつて来るのを待つやうにして歩調をゆるめて歩いた。
と、その女は、一行の案内者である支那人に向つて頻に声高く何かを言ひ始めた。真面目な顔で、とがつた声で、激昂[#「激昂」に傍点]した調子で。
こつちの言葉が先方に通じないと同じやうに、その女の言葉も一行にわからなかつたけれども、兎に角そのたゞ事でないといふことは、その声や調子や表情でわかつた。甲走つた女の声の連続がしきりに一行の後にきこえた。
「どうしたんだえ?」
一番先きにかうBが言つた。
「本当だね。何か怒つてゞもゐるのかしら?」
「だつて怒るわけがないぢやないか?」
「さうだな……別に怒るわけはないな――」
Sは案内者の支那人の傍に行つて、何かしきりに聞いてゐたが
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