、暫らくすると、こつちへやつて来て、
「何でもないですよ。心配しないでも大丈夫ですよ。あの女の方で恐れてゐるんだよ。あの日本人何かしやしないか。大事ないかつて聞いてゐるんださうだよ」
「さうか。それはわるいことをしたな」
「何うして先きに行かないんだつて言つてゐるんださうですよ」
「矢張、怖いんだな? 野郎がかう大勢ゐるから大丈夫だけれど、僕ひとりなら何をやるかわからんからな。無気味に思ふのも無理はないよ。」
「ところが、大勢ゐるから却つてこわいんだよ。輪姦でもされやしないかと思つてゐるんだよ。何といつてもかよわい女の身だからね――」
「それに異人種だし、さう思ふのは無理はないな」
「先きに行かう――」
 かういふHを先頭にして、一行はまたガサガサと深い草路をわけて進んだ。馬賊に対する恐れは皆の心の底にまだ残つてはゐたけれども、しかもその女が却つて反対にこつちを恐れてゐたといふことの為に、そのためにいくらかまぎれさせられるやうな形になつた。かれ等は狭く狭くなつて行く谷合の路を一歩々々のぼつて行つた。
「矢張、こわかつたんだな!」
 突然Bは一行の沈黙を破つた。それでBを始めその他の人達も長いことその若い女のことを念頭に浮べてゐたといふことがわかつた。樹や草の上には夕日が低くさし込んで、もつれ合つた影と影とが深くかれ等一行を埋め尽すやうにした。



底本:「定本 花袋全集 第二十一巻」臨川書店
   1995(平成7)年1月10日発行
底本の親本:「アカシヤ」聚芳閣
   1925(大正14)年11月10日発行
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
2009年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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