して、「傑作に触れるといふことは大きなことだな。眠つた心を覚まして呉れるな、萎えた心を起して呉れるな……。僕もこんなにしてはゐられないやうな気がして来た――」
「僕は思ふね……。普通では、あゝいふ心は起されないね。何か感激するものがその人になくつては――? 僕はあそこの中から、あの石の仏像の中から、あらゆる苦しみをさがして来ることが出来るやうな気がするね。あゝしたものでも踏張つてつくらなければ生きてゐられなかつたやうな苦痛をそこに発見することが出来るね。あれはその苦痛――じつとしてゐれば死ななければならない苦痛から蘇つて来るためにつくられたもののやうな気がするね。でなくつてはあゝいふものは出来ない。あの中には恋愛がかくされてゐるかも知れない」Mはこんなことを言つた。
「兎に角、えらゐ作だな。あの全体から発散して来る気分は何とも言へないぢやないですか。その冴えた鑿のあとがはつきりと線になつて残つてゐるぢやないですか? 僕はスケツチしながら、情けなくなつて来ましたよ」
「僕もさつき涙が出て来てしやうがなかつた。……」
 Mは悲しさうな表情して何か言ひかけて止した。Mはかうして二月も前から異
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