といふ期待がかれ等を楽しませ且つ力づけた。かれ等はその期待のみを伴侶にして板を竪てたやうな勾配の急な嶮しい山路をのぼつて来た。そしてそこに来て、もう先が近いといふのでほつと呼吸をついたのであつた。そこからは波濤のやうに重り合つた山を越して、藍のやうに碧い海がひろびろと展げられて見えてゐた。かれ等は再び草を藉いて坐つた。
「あれは、君、あの石窟全体を刻り抜いたものかね」
小説家のMが訊いた。
「さうだらうな。あすこにあつた石のまんまだらうな? えらいことだな……」AはMの顔を見るやうにして、「あの山の中にひとり入つて、あれをコツコツやり出した時の心持が想像されるね? えらい Life−work だね。あのくらゐのものを拵へるための踏張がやつて来れば愉快だな……?」
「容易にはやつて来んね?」Mは頭を振つた。
「あそこに人間があるぢやないか。人間の血と汗があるぢやないか。何よりもはつきりと残つてゐるぢやないか。あれが本当の人間だ。自然と同化した人間だ。あれから比べたら、そこらにゐる人間なんか惨めなものぢやないか。小さなあはれなものぢやないか?」
「本当だね? さういふ気がするね?」Aも激
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