もこれだけのものをつくる人がゐたのだね?」とか言つて普通に下山して来て了つたであらうけれども、同じく芸術に精進してゐるかれ等に取つては、とてもそんな軽るい心持で下りて来ることは出来なかつた。かれ等の心はその石刻の仏像と雑り合つた。その仏像を刻んだ人の心と雑り合つた。その深く且つつらかつたであらう心の努力と雑り合つた。かれ等はそこに自分等の意気地のないのを見出した。努力の足りないのを見出した。かういふ純一無二の境にまで既に行つてゐるもののあるのを見出した。かれ等はお互ひに言ひたいことが胸に満ち溢れてゐたけれども、しかもそれを言出すべく余りに感動に満たされてゐた。
かれ等は尠くとも二三十分はそこにさうして立つてゐた。ことに、Aの眼はその仏像から少しも離れなかつた。スケツチ帖を出すことすらをかれは忘れてゐた。
三
「素敵だね?」
「何とも言はれんね!」
「あゝいふものがあるんだからな!」
「本当だな――」
二人がかういふ言葉を交したのは、そこを出て、ずつと此方へ下りて来てからであつた。かれ等は行く時にもそこで休んだ。其時には何ういふものがその前にあらはれて来るだらう
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