石窟
田山録弥
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「虫+璃のつくり」、第3水準1−91−62]
−−
一
そこに来た時には、二人は思はずはつとした。大きなものに――何とも言はれない大きなものに打突かつたやうな気がした。かれ等はかうしたものが此の山の中にあらうとは思はなかつた。
「む、む――」
暫くしてから洋画家のAは唸るやうな声を出した。
「大したもんだな――何んとも言はれんな――」
ひとりは小説家でMと言はれてゐた。
二人はまた押黙つた。その感動を言ひあらはすための総ての言葉を失つて了つたといふやうに、または何も彼もすつかりそれに奪はれて了つたといふやうに。Aはヘルメツト帽を傾け、Mは麦稈帽子を手にしたまゝ、じつとその石刻の仏像に対して立つた。石窟の内はしんとして、外から入つて来た午前の光線が微かにその周囲を取巻いてゐる浮彫になつてゐる無数の仏像を照した。千二三百年を経過した塵埃のにほひが静かに鼻を撲つた。
二人は体が引緊められるやうな気がした。かれ等は昨日この古い歴史を持つた土地に来て、久しい間そのまゝに残つてゐる池や、城址や、寺の塔や、帝王の陵や、日本では今日は容易に見ることの出来なくなつてゐる亀趺※[#「虫+璃のつくり」、第3水準1−91−62]首や、大きな鐘などを見て、過ぎ去つた長い人生の上に※[#「倏」の「犬」に代えて「火」、第4水準2−1−57]忽に現はれてそしてまた※[#「倏」の「犬」に代えて「火」、第4水準2−1−57]忽に過ぎ去つた人達のことを思つて、その空気やら感じやらに深く捉えられて、現に昨夜もよくは眠られないくらゐであつたが、今はさうした感傷的な心持どころではなく、全く何か大きなものに圧倒的に支配されて了つたやうな感じがした。石刻の仏像は、しかも何も知らぬやうに、何者が来てそれと相対しやうが対すまいが、感動しやうが感動しまいが、そんなことには頓着ないといふやうに、寂としてそこに立つてゐるのであつた。
二
二人が通り一遍の遊覧者であつたならば、唯、大勢の言ふやうに、「えらいもんだな?」とか、「こんなものは日本にはない」とか、「千年前に
次へ
全4ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 録弥 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング