もこれだけのものをつくる人がゐたのだね?」とか言つて普通に下山して来て了つたであらうけれども、同じく芸術に精進してゐるかれ等に取つては、とてもそんな軽るい心持で下りて来ることは出来なかつた。かれ等の心はその石刻の仏像と雑り合つた。その仏像を刻んだ人の心と雑り合つた。その深く且つつらかつたであらう心の努力と雑り合つた。かれ等はそこに自分等の意気地のないのを見出した。努力の足りないのを見出した。かういふ純一無二の境にまで既に行つてゐるもののあるのを見出した。かれ等はお互ひに言ひたいことが胸に満ち溢れてゐたけれども、しかもそれを言出すべく余りに感動に満たされてゐた。
 かれ等は尠くとも二三十分はそこにさうして立つてゐた。ことに、Aの眼はその仏像から少しも離れなかつた。スケツチ帖を出すことすらをかれは忘れてゐた。

         三

「素敵だね?」
「何とも言はれんね!」
「あゝいふものがあるんだからな!」
「本当だな――」
 二人がかういふ言葉を交したのは、そこを出て、ずつと此方へ下りて来てからであつた。かれ等は行く時にもそこで休んだ。其時には何ういふものがその前にあらはれて来るだらうといふ期待がかれ等を楽しませ且つ力づけた。かれ等はその期待のみを伴侶にして板を竪てたやうな勾配の急な嶮しい山路をのぼつて来た。そしてそこに来て、もう先が近いといふのでほつと呼吸をついたのであつた。そこからは波濤のやうに重り合つた山を越して、藍のやうに碧い海がひろびろと展げられて見えてゐた。かれ等は再び草を藉いて坐つた。
「あれは、君、あの石窟全体を刻り抜いたものかね」
 小説家のMが訊いた。
「さうだらうな。あすこにあつた石のまんまだらうな? えらいことだな……」AはMの顔を見るやうにして、「あの山の中にひとり入つて、あれをコツコツやり出した時の心持が想像されるね? えらい Life−work だね。あのくらゐのものを拵へるための踏張がやつて来れば愉快だな……?」
「容易にはやつて来んね?」Mは頭を振つた。
「あそこに人間があるぢやないか。人間の血と汗があるぢやないか。何よりもはつきりと残つてゐるぢやないか。あれが本当の人間だ。自然と同化した人間だ。あれから比べたら、そこらにゐる人間なんか惨めなものぢやないか。小さなあはれなものぢやないか?」
「本当だね? さういふ気がするね?」Aも激
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