―」女中はかう言たが、そのまゝ徐かに扉《ドア》を閉めて出て行つて了つた。
「それでも痩せたね?」
「さうですか――かういふ気風ですから、別に苦労もしないんですけれども……。あの時分は肥つてゐましたもの……」
「病気をしたんぢやないか」
「来た時に、一度わづらひましたけれども、それからずつと丈夫で暮してゐますの……。どつちかと言へば、土地が異《ちが》つても別に何ともない方ですの――」
「面白いことがあるかね」
「別に面白いつていふこともありませんけれどもね。でも生きてゐさへすれば、もう一生お目にはかゝれまいと思つた貴方にも逢へるんですから……。それを思ふと、矢張り生きてゐる方が好いんですね。でもよく来て下すつたのね。私、本当にお礼を申上げるわ……」
「だつて、そのために、お前に逢ひたいばかりに、かうして話が出来なくつても好い、一目でも好い、さう思へばこそ、こんな満洲のやうな赤ちやけた殺風景な山や野ばかりあるところにやつて来たんだもの……。でも、今夜は帰らなくつてはならないんだらう?」
「好いんですとも、帰らなくつたつて――」時子はこんなことを言つて笑つた。二人の間にはいつかさつきの重苦し
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