つかり忘れて了つたやうに私は愉快になつた。成ほどこれでは酒なんかいらないわけだ。酒よりもかうした歌の方がもつともつと蠱惑的だ。……もつともつと肉体的だ……。
「もうひとつやれ! もうひとつ……。今度はお前がやれ!」
私はかう小さい張鳳に言つた。
張鳳はきまりがわるさうに※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]のところに身を寄せたが、今度は椰子といふ木片と木片とを合はせたやうな単純な楽器を手に持つて、それを合はせたり離したりして、それから起る音の旋律に節を合はせつゝ頻りに声を立てゝ歌つた。私は次第に何とも名状し難いセンチメンタルな心持になつて行つた。私の体はその歌の旋律に強く緊めつけられるやうな感じを受けた。ひとり手に涙が絞り出されて来た。
底本:「定本 花袋全集 第二十一巻」臨川書店
1995(平成7)年1月10日発行
底本の親本:「アカシヤ」聚芳閣
1925(大正14)年11月10日発行
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
2009年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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