? あの男を?」
「知つてゐますとも――あれは君、僕等と同じく刷毛《はけ》や絵具を弄《いぢ》る奴ですよ」
「へえ?」私は驚いたが、「だつて、本社には君だけぢやないんですか、刷毛を持つものは?」
「あれは、君、旅客課の慰藉掛と言つてね、満洲に来て働いてゐる若い青年達に画を教へるために、本社から嘱託されてゐる男なんですよ。……僕等は別に交際もしてゐないから、詳しいことは知りませんけれどもね、何でも、つい一月《ひとつき》ほど前に、細君が情夫《をとこ》と遁げて、先生、えらく失望してゐるといふ話でしたよ。それが何うでせう? もうちやんとあゝいふ風に出来上つたんですからな。君、世の中は、何も心配することはないといふ気がしますね?」
「大いに祝すべしぢやないか? 君、二人とも新しい生活に入つたんだもの…………」
「それはさうですよ」
Bはまた哄笑した。
「これから二人して、真面目《まじめ》に新しいライフに入らうと云ふんだ。大いに祝して好いさ。…………しかし、それにしてもひよんなところに出会《でつくわ》したもんだな。向うではえらい奴と一緒になつたと思つてゐるだらう?」こんなことを私は言つた。しかし、
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