つた。汽車はまだそこにはやつて来てゐなかつた。電灯の光の微かにさしわたつてゐるプラツトフオムのところには、大勢の人達が混雑して、その他にも二人づれの男女達が三組も四組もあつた。「この汽車は温泉行きには便利だからね。何うしてもペエアが多いね?」こんなことを見送つて来た本社の社員のひとりが言つた。やがて明るい電灯に車内を照させた汽車が静かにレエルを滑るやうにして入つて来た。
皆なが先を争つて乗つた。
私達も座席を取るため、旅鞄を持込むために慌てたりして、暫しはそのことを忘れてゐたが、ふと気が附くと、Bはその女の背の高い男と何となくそぐはないやうな変なギコチない挨拶をしてゐた。暫くしてから、私達は食堂へと行つた。
「驚いた! 驚いた! えらいことがあるもんだな?」
Bは卓につくといきなり言つた。
「何うしたんだ!」
「あの女があいつの嚊《かゝあ》になるとは思はなかつたな?」
「あれが、それ、S氏の子供を生んだ女だツて言ふんだらう?」
「さうです――」Bは哄笑して、「あは、は、思ひがけないことがあるもんだな? 新婚旅行ですよ。我々と一緒に熊岳城で下りるんですぜ!」
「君は知つてゐるのかえ
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