、その向うに後姿を見せてタイピストがカチカチやつてゐる一室のさまがはつきりと浮んだ。
「それで何うしたね? 今では囲つてでもあるのかね」
「いや、本社から此方《こつち》に来る時、すつかり解決をつけて来たらしいね。何でも、もう女も子供を産んだとか言つた――」
「よく早く解決が出来たね?」
「だつて、困るからなア――」Bは笑つて、
「そこに行くと、あゝいふ人達は、金があるから、何うにでもなる……」
「さうかな――」
私はじつと考へに沈んだ。思ひがけない人生の一事実といふことではなかつたけれども、一種不思議な心持を私は感じた。「ふむ!」と言つて私はまた頭を振つた。
「それでその女は別品《べつぴん》かね?」
「ちよつと色が白いだけですよ」かう言つてBは笑つた。
二
それだけでそのことはすつかり忘れてゐた。
私とBとはハルピンに行き、蒙古に行き、吉林《きちりん》に行き、それから引返してもう一度大連へと戻つて来たが、そこに三四日ゐて、今度は本社の人達にも別れを告げて、朝鮮から帰国の途に就かうとしてゐた。Bも安東《あんとう》まで送つて行かうと言つて、一緒に夜の十時の汽車に
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