もあそこに行つて見ましたね。S氏はあそこについ半年ほど前までゐたんですよ。そのあとに、今のY氏が行つたんですよ」
「庶務課長から此処の事務所長では、左遷ですね?」
「まア、さういふわけですね。S氏も好い人ですけれどもね。それは親切で、趣味が深くつて、絵のこともわかるし、僕などには非常にいゝ人なんですけれどね――」Bは少し途切れて、「それ、君、庶務課に行くと、あの室《へや》の隅にタイピストがあるでせう?」
「え……」
「あの今ゐる女ぢやないですけれどもね。Sさんは、そのタイピストを可愛がつてね。たうとう孕《はら》ませて了つたもんですからね?」
「ふむ?」と私はいくらか眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》るやうにして、「あゝいふところにもさういふことがあるのかね? ふむ? 面白いね? つまり、さうすると、今ゐる女の前にゐた女をやつたわけですね?」
「さうですよ」
「さうかな……。さういふことが沢山あるんですかね?」
 かう言つた私の眼には、その大きな石造《せきざう》の建物の中の一室――卓《テイブル》を二脚も三脚も並べた、電話の絶えず聞えて来る、クツシヨンの椅子の置いてある
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