怪談牡丹灯籠

春のやおぼろ
鈴木行三校訂・編纂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)儘《まま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)圓朝|叟《おじ》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
[#地から3字上げ]春のやおぼろ

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)知らず/\
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 およそありの儘《まゝ》に思う情《こゝろ》を言顕《いいあら》わし得《う》る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞《びじ》の法《のり》に称《かな》うと士班釵《すぺんさあ》の翁《おきな》はいいけり真《まこと》なるかな此の言葉や此のごろ詼談師《かいだんし》三遊亭の叟《おじ》が口演《くえん》せる牡丹灯籠《ぼたんどうろう》となん呼做《よびな》したる仮作譚《つくりものがたり》を速記という法《ほう》を用いてそのまゝに謄写《うつ》しとりて草紙《そうし》となしたるを見侍《みはべ》るに通篇《つうへん》俚言《りげん》俗語《ぞくご》の語《ことば》のみを用いてさまで華《はな》あるものとも覚えぬものから句ごとに文ごとにうたゝ活動する趣《おもむき》ありて宛然《さながら》まのあたり萩原某《はぎわらそれ》に面《おもて》合わするが如く阿露《おつゆ》の乙女《おとめ》に逢見《あいみ》る心地す相川《あいかわ》それの粗忽《そゝっか》しき義僕《ぎぼく》孝助《こうすけ》の忠《まめ》やかなる読来《よみきた》れば我知《われし》らず或《あるい》は笑い或は感じてほと/\真《まこと》の事とも想われ仮作《つくり》ものとは思わずかし是はた文の妙なるに因《よ》る歟《か》然《しか》り寔《まこと》に其の文の巧妙なるには因ると雖《いえど》も彼《か》の圓朝の叟《おじ》の如きはもと文壇の人にあらねば操觚《そうこ》を学びし人とも覚えずしかるを尚《なお》よく斯《かく》の如く一吐一言《いっといちげん》文をなして彼《か》の爲永《ためなが》の翁《おきな》を走らせ彼《か》の式亭《しきてい》の叟《おじ》をあざむく此の好稗史《こうはいし》をものすることいと訝《いぶか》しきに似たりと雖《いえど》もまた退《しりぞ》いて考うれば単《ひとえ》に叟《おじ》の述《のぶ》る所の深く人情の髄《ずい》を穿《うが》ちてよく情合《じょうあい》を写せばなるべくたゞ人情の皮相《ひそう》を写して
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