シャロットの妖姫
アルフレッド・テニソン
坪内逍遙訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)予《かね》ても

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)流れ/\て
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

   其の一

河の両辺に横はる
大麦及びライ麦の長やかなる畑地
此の畑 岡を覆ひ 又 空に接す
さて 此の畑を貫いて 道は走る
    多楼台のカメロット城へ
さて 上にまた下に 人は行く
うちながめつゝ 蓮咲くあたりを
島根に添うて かなた下手の
    シャロットの島といふ

垂柳はしろみ 白楊は顫ふ
そよ風は黒みてそよぐ
とこしなへに流れゆく河浪のうちに
河心の島根に添うて
    流れ/\て カメロットへ
四のしらけたる障壁と 四の白けたる高楼と
一帯の花野見おろし
此の寂寥たる島が根は蔵すなり
    彼のシャロットの妖しの姫を

岸のほとりを しだれ柳につゝまるゝ
重げなる大船ぞ すべる 牽かれて
徐歩の馬に さて 呼びかくる人もなく
此の船は飛ぶぞかし 綾の帆あげて
    走りつゝ カメロットへと
しかはあれど 誰れかは見つる 彼の姫の其の手をば打揮るを
若しくは かの窓の下に誰が見つる 立つ彼れを
はた 彼れはしも知らるゝや? なべて此のあたりの人に
    彼のシャロットの妖しの姫は

ひとり只 麦を刈る男らが 朝まだき麦狩りて
髯のびし大麦のうちに
歌うたふ声を聞くとぞ そは生き/\とひゞくなり
清けくくねり流れゆく かなたなる河辺より
    多楼台のカメロットへ
かくて 夜々の月の下に 疲れたる畑つ男が
束ねたる刈穂積みつゝ 風通ふ高き岡べに
其の耳をすまして聞きて ひそやかにつぶやくあり これぞかのシャロットの
    あやしの姫と

   其の二

そこに 彼の姫は よるも昼も
くしく怪しき綾を織る はでやかなる色したる
予《かね》ても彼れは聞きつ そこともなくさゝやく声を
身の上にまがつひあらんと 若し曾て手をとゞめば
    かなたカメロットを見やらんとて
彼れは知らず そのまがつひのいかならんものかをも
されば たゆまずも綾織りて
ほかの心絶えてなし
    此のシャロットの妖しの姫は

さて かゆきかくゆき 一の明鏡のうちに
年中つねに其が前にかゝる明鏡のうちに
いそがしき浮世の影ぞ あらはるゝ
そこに眼に見る ほどちかき大路をば
    カメロットへ うねくれる
そこに 河水も 渦まきてまきめぐり
又 そこに あらくれる村のをのこも
きぬ赤き市の乙女も
    いでてゆく 此の島より

あるときは うれしげなる乙女子の一むれ
さては やすらかに駒あゆまする老法師
あるときは 羊飼ふ ちゞれ毛のわらべ
若しくは 長髪の小殿原 くれないのきぬ着たる
    通りゆく影ぞうつる 多楼台のカメロットへ
あるはまた 其の碧なす鏡のうちに
ものゝふぞ 駒に乗りくる ふたり また ふたり
あはれ まだひとりだに真心を傾けて此の姫にかしづく武士もなし
    此のシャロットの妖しの姫に

さはれ 姫はいつも/\綾ぎぬを織ることを楽しみとす
鏡なる怪しの影を織りいだすことを
けだし ともすれば さびしき夜半に
亡き人の野べ送りする行列 喪の服に鳥毛を飾り松明をともしつらね
     さてはとぶらひの楽を奏し カメロットさして練りゆきけり
又は 夕月の高うなれるころ
まだきのふけふ連れそひし若き男女の むつやかに打語りつゝ来たりけり
あはれ倦みはてつ影見るもと
    妖しの姫はいへりけり

   其の三

矢ごろばかりに 姫が住む たかどのゝ軒端より
彼の人は騎馬にてゆきぬ 大麦の穂の間を
日の光 まばゆくも葉越しに射して
きらめきぬ 黄銅の胸当の上に
    勇敢なるサー・ランセロットが胸当の上に
一個の赤十字架のものゝふ 常に 一佳人の脚下に
跪座せり 彼れが持てる楯の面に
その楯 燦爛たり 黄ばめる畑に映じて
    はるかなるシャロットの島外に

珠玉を鏤めたる手づなは くまもなくきらめきぬ
とある連なれる星のやうに 我れ人の
懸かるを見る 彼の黄金なす天の河に
此の手綱に附けたる鈴 心浮き立つやうに鳴りひゞきぬ
    カメロットへ志して 彼れが駒を進めける時
また 其の盛飾せる革帯よりは つるされて
一のいみじき白がねの角ぶえぞ 懸かりたる
かくて 駒の進むにつれて 物の具は鏘々として鳴りわたりぬ
    かなたシャロットの島辺までも

なべて 青空の 雲もなく晴れたる日に
しげく珠玉もて飾られて 輝けり 鞍のなめし革は
兜も 兜の羽根飾りも
炎々たり 合して一団の猛火の如く
    カメロットへ志して 彼れが駒を進めける時
譬へ
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