ば 折々に 彼の紫だつ夜半の雲を破りて
燦然たる 群星底に
さる長髯の光りものゝ かゞやく尾を長く牽きて
此の孤島頭を過ぐるに似たり
彼れが広やかなる麗しき額は 日の光にかゞやきぬ
美しく磨きたる蹄もて 彼れが軍うまは 踏歩しゆきぬ
彼れが兜の下よりは 石ずみにもまがふ黒きちゞれ毛
房々と垂れかゝり流るゝ如くゆらめきぬ 其の駒の進むにつれて
カメロットへとさしてゆく其の駒のすゝむにつれて
岸よりも また 河よりも
其の人の面影は ひらめきて映りけり 水晶の鏡のうちに
「テラ リラ」と 河辺にそうて
歌ひけりサー・ランセロットは
姫は織り物を打棄てつ 姫は機をも打棄てつ
姫は居間を三あしあゆみつ
咲く蓮の花をも見つ
兜をも羽根をも見つ
姫はカメロットを見わたしけり
突然 織り物はひるがへり 糸は八散してたゞよひぬ
憂然として明鏡は まッたゞなかより割れてけり
天罰 我が身にくだりぬと
シャロットの姫は叫びけり
其の四
吹きしきるあらしだつ ひがし風に
青ぐろく黄ばめる森は 見るうちに 葉落ち痩せゆく
はゞ広き川の浪は 其の岸に 悲しくうめき
空はいと低うなりて すさまじく雨ふりそゝぐ
多楼台のカメロットに
姫は高どのをおりきて しだれたる柳のかげに
主もなくたゞよへる 小さき舟を見いだしつ
さて 其の舟の舳のめぐりに 姫は書きぬ
シャロットの島姫と
かくて 蒼茫たる川のあなたカメロットの方を
予《あらかじ》めおのがわざはひを知悉せる ある膽太き予言者の
斯うと観念せる時のやうに
玻璃の如き面地して
姫はカメロットの方を見つめき
かくて その日のくれがたに
つなげるくさりを解きて 姫は舟底に 打臥しぬ
滔々たる河水は 姫を載せて はるかあなたへと流れ去りぬ
此のシャロットの姫を載せて
打臥して 雪よりも白き衣きて
右に左に ゆた/\とひるがへる
かろやかに散りかゝる木の葉のしたに
さはがしき夜宴のもなかに
姫はカメロットへ流れゆきぬ
さて 姫が乗れる舟の 垂柳の岡に添ひ麦畑の間を経て
めぐり/\て下りける時
城内の人々は いまはの歌をうたふ姫をきゝぬ
歌うたふシャロットの姫を
聴きぬ 神の徳たゝふる歌を かなしうもたふとげなる
はじめは高く 後には低く歌はれし歌を
つひに 血はやう/\こほりて
多楼台のカメロットを ながめつめし姫が目は
こと/″\く昏うなりにけり
蓋し流れ/\て とゞきしまへに
水涯なる第一屋に
いまはの歌をうたひつゝも 島姫はみまかりけり
シャロットの島姫は
高どのゝ下を 露台の下を
園のついぢのほとりを 長廊のほとりを
かすかにきらめく姿となりて しかばねはたゞよひぬ
土気色に青ざめて 高き家々のひまを
寂然と音もせで カメロットの城内まで
いでて来つ 波戸に 皆人
ものゝふも 市人も あて人も 女房も
かくて 船首に 皆読みぬ姫が名を
シャロットの姫といふ
これはたそ? さてこゝにあるは何ぞ?
かくて程近き ともしびのかゞやける館に
あて人らが 夜遊のさはぎも歇みつ
人々は おぢて十字を切りぬ
カメロットなる ものゝふは皆
しかはあれど ランセロットはしばし沈吟し
いひけらく このをみなのつら らうたし
神よ 大慈心もて 此の女子にめぐみを垂れてよ
此のシャロットの姫にと
底本:「ユリイカ 九月号 第23巻第10号」青土社
1991(平成3)年9月1日発行
入力:鈴木厚司
1999年3月6日公開
2005年12月24日修正
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