トロとしてよろこぶのである。ここばかり食うのには、特別投資を必要とするわけである。婦人はというと、これは羊羹《ようかん》色の脂身の少ない部分、男が食べては美味くないというところをよろこぶ。これは体質の相違だろうから、一概《いちがい》に女をわからず屋とするわけにはいかぬ。男だって、鮎《あゆ》は照り焼きにかぎるとか、にしんや棒だらなんて人間の食うもんでない肥料だ、なんていう向きもなきにしもあらずだから。
 まぐろの食い方に雉子《きじ》焼きというのがある。これはまぐろの砂摺りを皮ごと分厚《ぶあつ》に切って付け焼きにするのである。体中で一番脂肪に富んだところであるから、焼くのがたいへんだ。家の中で焼こうものなら、家中|煙《けむ》ってしまう。しかし、焼きたてのやけどするようなものを、大根おろしをたくさんおろして、醤油《しょうゆ》をかけて炊《た》きたての飯《めし》で食うと、空腹のときなどは、飯が飛んで入るものである。下手《へた》なうなぎよりか、よっぽど美味い。しかし、壮年《そうねん》のよろこぶ下手《げて》美食であることはいうまでもない。
 下手といえば、まぐろそのものが下手ものであって、もとより一流の食通を満足させる体《てい》のものではない。いかに最上の宮古《みやこ》まぐろといってみても、高《たか》の知れた美味にすぎない。以上挙げた以外にも、まぐろ類には値段の安い白色肉のめかじき(切り身用)、同じく白肉の黒皮、この黒皮まぐろは肉太《にくぶと》で、八、九十貫もあって値も安い。また、白皮まぐろ、これは銚子《ちょうし》、三陸方面に漁獲のあるもの。また、おかじき、まかじき、大きさ三十貫止まりのもの、二十五、六貫止まりの夏きわだ。最下等品の眼《め》の大きい横太《よこぶと》なめばち。なお、中めじ、大めじ、平めじなどというものなどについては、折を見て物語ることにしよう。



底本:「魯山人の食卓」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2004(平成16)年10月18日第1刷発行
   2008(平成20)年4月18日第5刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
   1930(昭和5)年
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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