先生」
「逃げはせんよ、なにも君と鬼ごっこをしているわけじゃない……」
「じゃ、先生、説明をしてくださいますわね」
「いいとも……真心が第一だが、真心だけではいかん。真心はたいせつだが、真心さえあれば、なんでもとおるというのなら、世の中は甘いもんだ。新婚早々の夫婦なら、恋女房の炊いたごはんが、シンだらけでも嬉《うれ》しいだろう。恋女房のつくったビフテキが、たとえわらじ[#「わらじ」に傍点]のようでも、ありがたいだろう。
 だが、新婚夫婦はいささかのぼせあがっている。真心とか、親切とかいうものは、のぼせあがったものではない。もっと冷静でなくてはいかん。ほんとうの真心があって、しかもその真心が形にあらわれたとき、はじめて真心は見えるのだ、思っているだけではダメだ。思っていても見えぬ。それをあらわさねばならぬ。見せねばならぬ。筆にも、口にも、つくされ申さず候――というのは逃げ口上だ。筆にも、口にも、つくさねばならぬ。いくら思っていても、腹はふくれぬ。思っていることを、どんどん表現することができねばならぬ。真心があればできるはずだ。いや、やらねばいられなくなるはずだ。それは方法だ、工夫だ」

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