のが望まれる。
ところで、現在市販のものでは、天然うなぎはごくわずかしか使用されておらず、ほとんど養殖うなぎばかりといってよい。天然うなぎがいないからではなく、それを獲《と》るのに人件費がかかるからで、問題は商魂《しょうこん》にある。養殖うなぎの値が天然のそれに比して高ければ、一般の人々は手を出さないであろうし、従って、おのずと天然うなぎが繁昌《はんじょう》する結果となる。養殖の場合は先述したように、うなぎが太っていればよいのであるし、形ができていれば商売になる。味覚をなおざりにしているわけではなかろうが、どうしても二義的に考えられがちだ。現今《げんこん》では、うなぎといえば養殖うなぎが通り相場になっているほどである。東京では五、六軒だけ天然うなぎを使用しているが、京、大阪は皆無《かいむ》。中には両方を混ぜて食わせる店もある。
一方、天然うなぎは餌が天然という特質があるために、概《がい》して美味いと考えてよい。もちろん良否はあるが。養殖うなぎにもとりわけ美味いものがあるが、よほどよいうなぎ屋に行かなければぶつからない。
最後に、うなぎはいつ頃がほんとうに美味いかというと、およそ暑
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