河豚食わぬ非常識
北大路魯山人

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)古諺《こげん》
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 ふぐを恐ろしがって食わぬ者は、「ふぐは食いたし命は惜しし」の古諺《こげん》に引っかかって味覚上とんだ損失をしている。その論拠の価値をきわめもせずに、うかうか古諺に釣り込まれ惜しくも無知的判断から、いやいや常識的判断から震え上がりその実、常識を失っている。
 これらにむかってわれわれが冬季常食する天下唯一の美味、摩訶《まか》不思議の絶味であるふぐの料理が、いささかの危険性なき事実を諄々《じゅんじゅん》力説してみても、その確実を容易に信じようとはしない。いわゆる先入主に囚《とら》われて頑として動こうとしない。
 ふぐというもの、いかんせん人命を奪う毒素があり、例えば十中の三位は確実に中毒しまったく命にかかわると決まっているときにこそ「ふぐは食いたし命は惜しし」が岐路に立って迷うひとのために、時に善き教訓となり、あやうくひとの生命を守り得る寸鉄のはたらきと……ならんでもないが、このごろのようにふぐの安全料理が確立して、まったく危険が取り除かれた時においては、「ふぐは食いた
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