し命は惜しし」は、寸鉄としての価値を失うばかりか、無益にひとを恐怖さすところの戯言にしか当たらない。しかのみならず、ひとの口福を拘束する余計な失言であるともいい得られる。
 誰がいったか、いつどんな時代に出来た諷刺《ふうし》だか判明しない。「ふぐは食いたし命は惜しし」にわけもなく囚《とりこ》になって、それがためにかえって目前の体験実際が物語る安全を信じられないということは不甲斐ないばかりか、非常識でもあり、あまりにも迂遠《うえん》なこととして恥ずかしい。飛行機に乗ることが冒険である……これは肯定出来得る。ぜひを顧みるいとまもないほどの急用がないかぎり、いたずらに飛行することは決して当を得た常識とは認め難い。
 しかし今日のふぐ料理は絶対安全といって差し支えないまでの成績が挙がっている。この時安心して天下唯一の美味に親しんでみることは決して徒事ではないと思われるのである。なんでもかでも、海から山から捕えて食べ物となす人間としてのあたりまえの行事といえよう。それもたいやはものうまさ、うなぎやてんぷらのうまさ、このわたやからすみのうまさ、あゆやあなごのうまさ、まつたけやしめじのうまさ、うどや
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