別荘番夫婦を置いたのみで打棄てゝあると云ふのである。そして言を極めて行つてはならぬと忠告した。僕もそれで思ひ切る事にし、帰つて話すと豊子はきかない。何でもその山へ行かうと云ふ。そこで僕も強てその山荘を借り受ける事にし、いよ/\二人で出掛けた。
 同行は女中一人。今から思へば実に悪運命の始まりであつた。麓の村へ着いて頼んだ案内者は僕等がその山荘に一夏を過ごすと聞いて非常に恐怖の表情をした。そしてよした方が好いとすゝめた。何でもその賊は一種異つた人間で強奪を行ふ時必ず人を殺す、その方法は常に同一で鋭利な短刀で心臓を見事に刺してある、だから未だ曽て一人でも実際に賊を見たと云ふ者がない。見た者は必ず殺されるからである。故にその頭領は『人殺しの行者』と呼ばれて居る……。
 かゝる話を聞いて僕の不安は更に募つた。しかしさて別荘に着いて見ると僕等はそんな不安をすつかり忘れ果てた程満足に感じた。

(三) 不可思議極まる石崖

 別荘は麓村から二里ばかり上つた所にある。深い谷に臨んだ崖の上に立つて居る、西洋建築で青く塗られた頑丈な家である。その二階から谷と共に向ひの山が真正面に見渡され実に絶景である。
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